● ハイティー・ソサエティ  ●

 氷帝学園中等部3年の私が部長をつとめるのは、その名も「ハイティー・ソサエティ」。
 活動内容はその名の通り、ハイティーを楽しむというもの。
 私たちが言うハイティーっていうのはまあ、アフターヌーンティーよりもう少し遅めの時間のカジュアルなお茶の時間と思ってもらえればいい。
 今日も授業が終った後に、部室の中で熱心に部活に励む部員と私。
 唯一の後輩の新田はマグカップでミルクティーを飲みながら、投稿作の漫画のネームを描いている。彼女は漫画家志望なのだ。そして、部長の私はブラックティーを飲みながら、お母さんにプレゼントするビーズのネックレスを作っている。
 テーブルの真ん中には、昼休みの終りがけに買って来た購買の焼き菓子。
 どうですか。
 立派なハイティーじゃないですか。
 毎年部員は2〜3人ながらも、長らく続いている伝統ある部なのだ。

 という感じで熱心に部活に励んでいると、部室の扉をノックする音。
 ただ扉をノックするだけのことなのに、それって人の特徴が出る。不思議なもの。
 だから、私はすぐにそれが誰かを察した。まあ、このハイティー・ソサエティの部室を尋ねて来る人などほとんどいないというのもあるけれど。

「はーい」

 と、私が飲みかけの紅茶のマグカップを置いて扉を開けると、そこにはテニス部の跡部景吾が立っていた。

「あっ……おっ……どうも」

 何度経験しても、つい舞い上がってしまう。
 跡部景吾の来訪には。
 扉を開けると、彼はずかずかと部室に入って来てテーブル近くのパイプ椅子にどっかと腰掛けて、優雅にその長い脚を組む。
 彼が座ると、部室の貧相なパイプ椅子もまるで玉座だ。

「いつものを頼む」

 そして、彼は尊大な態度でそう言うのだ。

「……はあ」

 私は間抜けな声を出して、棚からユニオンジャックの柄のマグカップを取り出した。ティファールのスイッチを入れて間もなくすると湯が沸く。湧いた湯をマグカップにそそいでから素早く流し、お湯で暖まったマグカップにティーバッグを放ると、改めてアツアツの湯を注いだ。
 麗しい3年生の先輩がやってきたというのに、2年生の新田はマンガのネームに夢中だ。この子はいつもそう。集中していると周りに意識がいかない。

 跡部景吾が初めてこの部室にやってきたのは、1年生の夏前だ。
 当時も部員が少なかったハイティー・ソサエティはその日、私と3年生の女子の先輩とで3人での部活動だった。
 その時もマグカップで紅茶をいただき、見切り品の焼き菓子と菓子パンを食べながらの部活動。当時の先輩は、一人は小説家志望で、カタカタとノートPCで小説を書いており、もう一人の先輩は新田と同じく漫画家志望だったのでマンガのペン入れをしていた。私はその時はなんだったかな、ハイティー・ソサエティでは紅茶を飲みながらだったら何をしてもいいと言われていたので、雑誌のクロスワードパズルをやっていたのだったか。

「ハイティー・ソサエティというクラブがあるというので、興味があって見学に来たんだが」

 と言ってやってきたのが、跡部景吾。1年生の頃からの有名人だった彼の闖入に私はぎょっとしたが、周りを見渡すと先輩達は淡々とそれぞれの作業に集中するばかり。えっ、これ、私が来客対応しないといけないの!? とおたおたしながらも、不慣れな手つきで彼にティーバッグの紅茶を振る舞ったっけ。
 彼は部室の雰囲気を見て一瞬、軽く息をついて、私が差し出したマグカップに口をつけた。
「……ミルクと砂糖はあるか」
「あっ、あるよ。ごめんごめん、気づかなくて」
 だって、私、新入部員だもの。
 部指定のタカナシの牛乳と、銘柄不明の白砂糖とスプーンを出すと、彼は華麗な手つきでマグカップにそれらを入れてかきまぜ、ごくりと飲んだ。
「女子ばかりの部だったんだな、俺は場違いだったようだ」
 彼はそう言って、マグカップのミルクティーを飲み干すと部室を後にした。
 私が呆然としていると、二人の先輩が、ちょっとアンタすごいじゃない、度胸ある、と興奮したように口々に言ってかけよった。二人とも、心から作業に集中していたのではなく、相手をするのがめんどくさいと思っていただけのことだったらしい。
「跡部景吾って、イギリス帰りの御曹司らしいじゃん。ハイティー・ソサエティって名前、きっと真に受けたんだよ」
 小説家志望の先輩がにやにや笑う。
「そんなセレブに、マグカップでティーバッグの紅茶出すなんてアンタすごい」
 とは漫画家志望の方の先輩。
 え! だって、先輩に教えられた通りにしたんだけど!
 沸騰した湯でマグカップを暖め、ティーバッグは指ですこしほぐして茶葉が広がりやすいようにしてからマグカップに放る。湯を注いだら皿かコースターで蓋をして蒸らして、3分たったら静かにティーバッグを引き上げる。
 ってね。
 そうやっていれた紅茶は確かに美味しいし、何も間違ってないと思うんだけど!

 ハイティー・ソサエティの部室はいわゆる雑居棟で、弱小のクラブの部室が集まった古い建物にあるんだけど、テニス部は専用の立派なクラブハウスがある。うちの部の入っている部室棟はテニス部クラブハウスの隣だから跡部景吾は部活の合間に「ハイティー・ソサエティ」という部の看板が気になって尋ねて来たらしい。まあ、いわゆる本物の「ハイティー」とはイメージが違うというのはすぐに理解していもらえたことだろう。

 それでも、彼はその後もハイティー・ソサエティの部室を時々訪れた。理由は簡単。テニス部で面倒が起こったり、ファンの女の子たちが収集つかなくなったりした時なんかに一息つくため、ふらりとやってくるようだ。何しろうちの部は、跡部くんに興味しんしんではあっても、非モテ系女子を自覚してかつプライドの高い寡黙な女子ばかりだから、彼がやってきても静かなもの。彼はそんな中で、マグカップでティーバッグのミルクティーを一杯飲み終った頃、たいてい樺地くんが声をかけに来てそれで部室に戻るのだ。

 とまあ、そんな調子での来訪を繰り返し、私も3年生になり部長になった。

「……跡部くんって、もう部活引退してるんじゃないの?」

 久しぶりの彼の来訪に、ふとそんな疑問を感じて聞いてみた。何しろ、今は3年生の10月だ。
、お前こそどうなんだ」
「私? だって、うちの部はごらんの通りだから、引退も何も……」
 確かにそうだ、と言わんばかりに彼は口角を上げて緩く笑い、いつものようにマグカップにミルクと砂糖を入れて、スプーンでかしゃかしゃとかきまぜた。
「今日来たのはな……ああ、お前ら、明日は暇か?」
「は? 明日?」
 今日は金曜日だから、明日は土曜日で学校は休みだ。
「はあ、まあ暇だけど」
 新田は何も言わないが、多分内心、マンガを描くので忙しいと思っているのだろう。
「明日、10月4日は俺様の誕生日なんで、うちでハイティーパーティーをやる。テニス部の連中は呼んでいるんだが、お前らもハイティー・ソサエティを名乗るんだったら、よかったら来ないか。こうしてたまに暇つぶしをさせてもらっている礼も兼ねてな」
 跡部家でのハイティーパーティ? 跡部くんの誕生日?
 いきなりの爆撃に私が言葉をなくしていると、隣で新田が立ち上がった。
「勿論行きますよ! 撮影は可ですか!」
 ギラギラとした目をしながらスマホを握りしめていた。
「ああ、別に構わない」
「えっ、ちょっと、新田! ハイティーパーティーって……!ふ、服は何を着ていけば……」
 思わず私が言うと、新田がキッと睨む。
「部長はアホですね。制服でいいに決まってるじゃないですか。私たちが今更きばって私服着ていったって、ろくなことにはなりません」
 新田のやつめ、部長にアホとは!
「その通りだ。テニス部の奴らもいつも制服で来る。じゃあ明日の午後にウチに来い」
 彼はそれだけ言うと、いつものようにミルクティーを飲み干し、さっさと部室を後にした。
 ウチってどこ。午後って何時。
「ちょっと、新田!」
「部長! チャンスですよ!」
 新田が勢い込んで言うもので、私はどきっとした。
「えっ……!?」
「本物のハイティー、本物の大金持ちのお屋敷なんて、なかなか取材出来る物じゃありません。これは是非、ばんばん写真を取って資料にして、今描いている投稿作に生かさないと!」
 そういうことか!
 一瞬、この無粋な新田に私の気持ちが知られてしまっているのかと動揺した。
「……ああ! 新田!」
 私は、ハッと大事なことに気づいて声を上げた。
「なんですか、部長!」
「大変! 明日、跡部くん誕生日って言ってたじゃない! どうしよう! そんな、誕生日のハイティーパーティーに呼ばれて、プレゼントとかどうしたらいいの!」
 私が言うと、新田は大げさにため息をついてみせた。
「ほんと部長はアホですね」
「ちょっと新田! あんたは後輩のくせに、さっきから聞いていればアホアホと!」
 私が言うと、新田は黙ってテーブルに向かい、マンガ原稿用の紙と定規を取り出して器用にしゃっしゃっと線を引いた。
 そして、手元の消しゴムにカッターで細工をしたと思うと、それにスタンプ台のインクをつけて、パンパンパン!と紙に押し付けていく。『High Tea Ticket for ATOBE』と押されたそれは、まさに手作りの回数券。
「こんなもんでいいんですよ」
 新田はにやりと笑いながら、ぴらぴらとそれを振り回してインクを乾燥させた。



 翌日、一体何時にどこに行けばいいのか、ということについて部室から帰る時に2年生の鳳くんをみかけたところ親切に教えてくれたもので(跡部家の場所とテニス部のみんなが行く時間)、私と新田は迷う事なく翌日の跡部景吾生誕ハイティーパーティーに行くことができた。
 会場に着くと、とにかくすごい人! そして、インターネットでの写真でしか見た事がないような絵に描いたようなハイティーのテーブル。3段のケーキスタンドは当たり前のようにいくつも並んでおり、それぞれに趣向を凝らしたケーキやサンドイッチ。そして、大人の人向けにはシャンパンタワーまで。当然、ティーセットは麗しいカップ&ソーサーの数々。
 新田は無言でもくもくと写真を撮り続けていた。美しいテーブルセッティングやケーキを激写するだけではなく、同じテーブルに通されていた鳳くんに指示をして、あれこれティーカップを持たせたポーズなどをとらせて写真撮影。一体どんな漫画を描くのやら。
 主役の跡部くんは当然ながらぴしっとしたスーツ姿で、余裕の表情で大人の人たちにも挨拶をしてまわっている。ハイティーパーティーというからにはきっと日が暮れたら夕食の宴の大人の時間となっていくのだろう。
「よう、ハイティー・ソサエティ。よく来たな」
 私たちのテーブルの前で足を止めて言うものだから、私は唇をとがらせてみせた。
「皮肉っぽいこと言わないでよ」
「ばーか、そんなつもりじゃねーよ」
「それより、お誕生日おめでとう。そして、こんな素敵なパーティーに呼んでくれてほんとありがとうね。こんなの初めてで、夢みたい」
 私が言うと、跡部くんはくくっと笑った。
「部長、これ忘れないように」
 隣から新田が私をつついて、封筒を手渡してきた。昨日新田が作ってくれた誕生日プレゼントだ。
「あっ、そうそう。これ、私たちハイティー・ソサエティからささやかながら、誕生日プレゼントです」 
 新田がセンスよくデコレーションしてくれた封筒を手渡すと、彼はすぐに中身を見て、そして口元をほころばせた。
「新田の手作りか。まあまあのセンスだな。ありがたく使わせてもらう」
 そう言ういながら、ハイティー・チケットをまた封筒に戻すとジャケットの内ポケットにしまった。
 へー、こういうのでもバカにしないんだ。さすが育ちの良い子は違うなー。
「まあ、せっかく来たんだ。好きなものを頼んで食っていってくれ」
「うん、ありがとう。もうケーキバイキングみたいで最高」
 跡部くんは手をひらひらとさせて、次のテーブルへ挨拶へと向かった。
 私たちのテーブルはあとはテニス部の子たちだから、もうがつがつ食べる食べる。ほんと、美味しいんだよね。ケーキだけじゃなくて、サンドイッチとかミートパイとかいろいろあって飲茶みたい。宍戸くんは『跡部んちのチーズサンド、ほんとうめーんだよな』と言いながら、黙々とサンドイッチを食べている。

「お茶のおかわりはいかがいたしますか」

 静かに現れた執事風の人が優しい笑顔で声をかけてくれる。
「ポットにはピーククォリティーのウヴァを用意させていただいておりますが、よろしければ他の茶葉もポットでお持ちできますよ。いかがいたしましょうか?」
「このお茶、とても美味しいのでまた同じものを下さい。こちらの彼女はミルクティーが好きなので、ポットに茶葉は入れたままにして、一緒に差し湯をいただけますか?」
 私が言うと、彼は満足そうに笑った。
「わかりました。坊ちゃんから聞いていますよ、ハイティー・ソサエティの方ですね。楽しんで行ってくださいね」
 こんな場でハイティー・ソサエティなんて言われて、また私は顔から火が出そうな思いをする。

 そんな、夢のようなハイティーを経験した10月4日だった。



 月曜の午後、部室で私は抜け殻のような気持ちでマグカップを握りしめていた。
 楽しかったなー、夢みたいだったなー、なんて跡部くんの家でのハイティー・パーティーを思い出して。
 一方新田は抜け殻になっている暇などないようで、血走った目で、撮りまくった写真を資料として整理していた。
 ふとその時、出入り口の扉の向こうでごそごそと人の気配がした。
 やけに騒がしいものだから、不審に思って顔を上げると、ごつんごつんとしたノックの音。
 跡部くんではないのは確実だ。
「……はい、何でしょう……わっ!!」
 おそるおそる扉を開けると、私は思わず声を上げてしまった。
 テニス部のユニフォームを着た子たちが2〜3人でダンボールの乗った台車とともに立っている。
「あれ、テニス部? 何、どうしたの? ここに何の用?」
 私が言うと、彼らは不思議そうな顔をして互いに顔を見合わせた。
「生徒会から聞いていませんか? 今月から、ここの部室は正式にテニス部が資料置き場として使うことになってるんですけど」
 台車を押している男の子がおずおずと言った。
「えっ……そんなの聞いてない……!」
「とりあえずこれだけ、運び込ませてもらえませんか?」
 呆然としている私をよそに、彼らは台車を部室内に押してダンボールを床に下ろした。
「すいません、今日のところはこれだけです。また少しずつ運び入れさせてもらうんで」
 それだけ言うとぺこりと頭を下げて出て行った。

「……ちょっと、新田!」
 彼らが出て行った後、私があわてて新田にかけよると、彼女はわかってるとばかりに手を上げた。
「聞こえてましたよ、部長。立ち退きってことですかね」
「え、でもそんなの聞いてないよね!」
「部員2人で、正式に部活動として認められて部室まで与えられているという方がおかしいんですよ、本来」
 新田は言って、自分のPCやノートを片付け始めた。
「新田、どうしてそんなに落ち着いてられるの!」
「部長! 私たちハイティー・ソサエティはティファールとマグカップとティーバッグさえあれば、どこででも活動できますよ」
 クールで無愛想な新田だけれど、こういう時はなんだか心強かった。
「……うん、でも水道と電源は欲しいよね……」
「まあ、現実的にはそうですけどね……」
「それにしても、一体いつのまにウチがここを立ち退くなんて話が決まってたんだろう……」
 ふと、金曜に跡部くんが訪れた時のことを思い出した。
 そういえば、彼は生徒会。この話を知らないはずがない。
 誕生日のハイティー・パーティーに誘ってくれたのは、お詫びのつもりだったんだろうか。
 それか、私たちの活動内容と本物のハイティーが天と地ほどにかけ離れていると思い知らせてからの、立ち退き。
 考えていると、がっくりきて涙が出そう。
「……新田、ごめんね。部長の私が不甲斐ないせいで……」
「いや、うちの部の部長は代々ずっと不甲斐ないみたいだから、別に気にすることないですよ」
 慰めてるんだかなんだかわからないことを言われながら、私は唯一の備品であるティファールを握りしめてうつむいていた。

 すると、ノックと同時に扉が開く音。

 顔を上げて振り向くと、そこには跡部くんが立っていた。
 返事を待たずに扉を開けるなんて、彼にしたら珍しい。

「お前らまだここにいたのか。さっき、1年の奴に聞いておどろいた」
 
 さすがに私もむっとして、泣きそうだった目をぎゅっとこすってから彼を睨み返した。
「だって、うちの部が立ち退きだって聞いてなかったんだもの。初耳だよ」
「生徒会の担当者から部室移転の話を聞かされてなかったのか?」
「部室移転?」
 彼の口から飛び出た新しい言葉に、新田も驚いて目を丸くした。
「そうだ。校舎の東の方に新しくクラブ棟ができているだろう?」
「あっ、あの立派な建物!?」
 新しいクラブ棟のことは知っている。主に文化部が入る建物で、高等部とも共用で使えるのだとか。つまり、中等部と高等部で交流をしながら活動ができるようにということらしい。
「あっちに、お前らハイティー・ソサエティの部室もある」
「えっ、ちょっと、そんな、ホントに!? ドッキリじゃなくて!?」
 思わず言うと、跡部くんはばーかと言って笑う。
「嘘だと思うなら、ついてきてみな」
 彼に誘われて校庭を歩き、新しいクラブ棟に向かった。
 10月の夕方の空気はもうひんやりしていた。
 温かくて甘くしたミルクティーが美味しい季節になるな、と空を見上げた。
「ほら、ここがお前らの部室だ」
 真新しい建物の1階の部屋を、跡部くんがマスターキーで開けてくれた。
「わー……」
 広すぎず狭すぎずの落ち着いた部屋には、テーブルと椅子。そして今までの部室にはないIHのキッチンとオーブンまで揃っていた。
「今までの部室は流ししかなかっただろう。これでスコーンでも焼いて食え」
「えっ……そんなにハードル上げないで……」
 言いつつも部屋を見渡し、ほうっとため息をついた。
 本当にこんなちゃんとした部室が与えられるなんて。
 あ、しかも、高等部も使えるっていうから、私、来年もここに来ていいんだ……。
「……新田……よかった! 来年は頑張って、お菓子を焼ける1年生を勧誘してね」
「次期部長にまかせてください」
 どうだか。
「……跡部くん、ありがと。オーブンとか気を使ってくれたんじゃない?」
「別に俺は何もしちゃいない。生徒会の担当者からの資料をチェックしてサインしただけだ」
「さっきテニス部の子たちが来て荷物を運び込まれた時、もしかして跡部くんに意地悪されたのかなーって思っちゃった。お前らのやってることは、ハイティーなんかじゃないから立ち退いて当然だろって。土曜のパーティーでは確かに思い知ったし」
 私が言うと、彼は眉をひそめて不思議そうな顔をした。
「何を思い知ったんだ?」
「え? だから本物のハイティーは違うなーって」
 そう言うと、跡部くんはまた「ばーか」と言った。
「おかしな奴だな。俺から見りゃ、別にたいした違いはねーよ。お前らのハイティーもうちのハイティーも。夕方、小腹の空いた時に紅茶を飲みながらちょっと何かつまんで気の合う奴と楽しくだらだら過ごすのが、ハイティーってもんだろ」
 私は目を丸くして跡部くんを見た。
 なんと! 我がハイティー・ソサエティのハイティーはイギリス帰りの御曹司にも見事、ハイティー認定されました。
 思わず、ほうっとため息をついた。
「……ありがとう、精進します……。でも、あれだ。テニス部のクラブハウスとだいぶ離れちゃったね。今までみたいに、跡部くんに気軽に立ち寄ってもらえなくなるのは寂しいかな」
 心の片隅で気になっていたことが思わずぽろり。そして、言ってから後悔。今まで、彼が来るのが楽しみだったなんて白状してるみたいなものじゃない。
「あ、じゃあ急いであっちの部室の荷物移動するね。それほど量はないけど、本や漫画が置いてあるから」
 さっきの言葉がなかったことになるように、私はさっさと次の言葉を発する。跡部くんは制服のジャケットのポケットからがさがさと何かを取り出した。
「俺にこいつを使わさねー気か」
 彼が取り出したのは、新田手作りのハイティー・チケット。10枚綴りの。
「……あ……使ってくれるの?」
 凛とした表情の跡部くんを見上げた。
「もらったモンを使わねーでどうする」
「確かにそうだよね」
 新田、10枚綴りじゃなくて、50枚綴りくらいにしてくれればよかったのに……。
 黙って立っている私たちの傍で、新田はノートPCや資料をテーブルに置いた。
「跡部さん、部長は察しが悪いんで、はっきり言った方がいいですよ」
「えっ、新田! 私、何か変なこと言った?」
 跡部くんは片手を額にあてて、新田を見る。
「こいつにどう言やいいんだ、新田」
「そうですね、王道ですと『俺のために紅茶をいれてくれ』とか『俺のハイティーはお前との時間だ』だとか」
「えっ、ちょっと! 新田!」
「新田、お前のセンスはその程度か。それじゃ、いつまでたってもデビューできねーはずな。俺様がそんなクサい台詞言うわけねーだろ」
 二人は全く私を無視して話をすすめている。どういうこと!
「じゃあ、跡部さんオリジナルのイカした台詞を頼みますよ。最新作の参考にさせていただきます。さあ、さあ!」
 私と跡部くんの間で、新田はにやにやしながらノートとペンを握りしめていた。
「……ばーか。なんで俺様が、お前の漫画にネタ提供しなきゃなんねーんだよ」
 そう言って軽くため息をつくと、彼は私を見た。
「……まあいい。今回は新田の案を採用しよう。まあ、そういうことだ、
 片手を額にかざしたままの跡部くんは、こころなしか照れくさそう。
「えっ、新田、さっきのもう一度言ってみて!」
「『俺のために紅茶をいれてくれ』『俺のハイティーはお前との時間だ』」
「おい、繰り返すな、新田! メモするな!」
 珍しく跡部くんが動揺して、新田のノートを奪い取った。
「お前ら、ハイティー・ソサエティだろ。まずは湯を沸かして紅茶をいれたらどうなんだ、あーん」
 跡部くんに怒鳴られて、あわててキッチンに行くとそこには備品で新しいティーバックやマグカップが用意されていた。
 真新しいケトルがあったので、それでお湯を沸かし始める。
 ハイティーのお茶をいれるために。

 私と跡部くんがその後どうなったかって?
 それは、新田が新人賞を受賞した投稿作「ハイティー・ソサエティ」を読んでもらえればだいたい分かると思う。
 掲載された少女漫画雑誌は部室に置いてあるから、よかったら立ち寄って読んで行って。
 お茶でも飲みながら。

(了)

2014.10.5

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