ガストフロント



俺の誕生日である今日、俺は先輩の震える肩を、この眼で確かに見た。

 3年生の先輩は、きれいで大人っぽくてちょっと変わり者で、何を考えているかわからない不思議な人だ。
 初めて会った時の彼女は、暑い日の午後、地面にしゃがみこんで蟻の巣を覗き込みながら「私、本当は蟻の女王なの」なんて嘯いてたっけ。
 顔を合わせて言葉を交わすたびに、さらりと俺をからかって俺のリアクションにおかしそうに大笑いをする。クールな感じなのに面白がりの人なんだな、と思ったり。
 それでいて、やっぱりぐっと大人で、軽口をたたきながらも俺なんかとはちょっと違う世界の女の人だな、とどこかで思っていた。

『私も、菊丸が好きだったから』

 彼女の言葉が、真実なのかいつもの冗談なのか、それはわからない。
 そうつぶやいた時、彼女は俺のタオルを頭からかぶっていて顔は見えなかった。
 でも、タオルの端からのぞいた、細い震える肩を見た時に。
 俺の心臓はわしづかみにされたんだ。
 何があっても動じない、何でもひらりとかわしてしまうような、無敵で飄々とした美しい人。
 どうして俺が校舎でよく彼女を見かけるようになったのか、やっとわかった。
 たまたま偶然見かけていたんじゃなくて、俺が、目で追っていたからだ。
 だって、放っておけないだろ。俺が彼女を守らないと。
 彼女はなんだかいつも誰にも弱いところを見せないで、一生懸命踏ん張っているから。

 俺はそういう先輩が好きなんだ。

『俺、今日誕生日なんスよ』

 だから、そのカメラで俺の写真を撮ってくれなんて、そんなネタで卒業アルバム製作委員写真係の先輩をテニスコートまで連れ出すことに成功した。隣を歩く彼女をちらりと見て、心臓が跳ね上がるのを感じる。
 今までは時折顔を合わせては、面白おかしく軽口をたたくだけだったから。
 年上できれいな人でも、近づきがたいなんて感じたことなんてなかったし、そんな事を意識したこともなかった。
 でも「俺はこの人が好きなんだ」と思って改めて彼女を見ると。
 ヤベェ、めちゃめちゃ緊張するじゃねぇか。

「……桃、どうかした?」
 俺の心臓の跳ねる音が聞こえたのだろうか。
 歩きながら、先輩が俺を見上げた。
 陽にあたるのは苦手だろうと俺が貸したジャージはぶかぶかで、それでも彼女は袖を通して着てくれている。
「いや、俺の誕生日ショット、先輩が撮ってくれんだったら、ビシッとキメねーとな!」
 そう明るく声を上げて見せた。
 そうだ、俺は彼女を俺の手でテニスコートまで連れて行くんだ。
 最初はつい勢いで連れ出してきたけれど、こうやって並んで歩いてみると彼女は想像以上に人目をひく。きれいで目立つ人だし、その上なんといっても俺のレギュラージャージを着ているからな。
 よし、俺のジャージを着た、俺の写真を撮ってくれる人なんだぜ。
 タオルを握り締めて、ずんずんとコートに向かう。
 
「あれ、さん」
 
 その時、彼女を呼ぶ聞きなれた声。
 振り返ると、そこには不二先輩。
 俺はつい息をのんだ。やっぱり不二先輩、目ざといぜ!
 そして、確か不二先輩も卒業アルバム製作委員だったことを思い出した。
「あ、不二くん」
 先輩は足を止めた。
「どうしたの、ジャージなんか着ちゃって」
 不二先輩がちらりと俺を見るものだから、ドキッとしてしまう。
 先輩はストラップを持ってデジカメを振り回して見せた。
「私、暇だから卒業アルバムの写真担当になってるでしょ。それでぶらぶらしてたら、今日は桃が誕生日だっていうじゃない。それで、写真撮ってあげることになって。テニスコートは日差しが強いから、ジャージ借りてるの」
 いつもの飄々とした笑顔の彼女に、俺はほっとした気持ちと、くそやっぱり大人だな、とちょっと悔しい気持ちと半分半分。
「へぇ桃、さんと知り合いだったの? なんだ、隅に置けないな」
 俺と先輩を交互に見て、ふふといつもの穏やかな笑顔を浮かべる。思わず俺が言葉に詰まっていると、不二先輩は続けた。
「僕はまた、卒業アルバム用のテニス部の写真でも撮りに来てくれたのかと思っちゃったよ」
「あはは、それもまた今度撮らせてもらうね。でも、テニス部のは不二くんが結構いい写真用意してくれてるって聞いてるよ」
「うん、まあね。でもほら、僕の写真だって撮って欲しいじゃないか」
 不二先輩は、くくくと笑った。
 くそ、こうしてると、大人な美男美女って感じで似合うなあ、この二人!
 俺はバカみたいにあせってしまう。
「あ、そっか。自分じゃ自分の写真撮れないもんね。じゃあ今度、噂のカウンターの写真撮らせてもらう」
 不二先輩に手を振ると、先輩は歩き出した。
 俺もあわてて彼女に倣う。
 心臓のリズムは速いまま。
 だって、先輩は本当に俺の写真を撮りに来てくれたんだぜ?

 他にも選手いますけど、撮るのは俺の写真ですからね。

 そう言って連れ出したのは、俺だ。
 でも、今、もしかしたら先輩は「じゃあ、せっかくだし不二くんの写真も撮らせてもらおうかな」って今日、アルバム写真も撮って行くんじゃないかと一瞬思った。
 だめだだめだ!
 言い出した俺がこんな弱気じゃ!

「よっしゃ、先輩! いいスか、桃ちゃんのベストショットを撮るシャッターチャンスは、ジャックナイフとダンクスマッシュですからね!」
 え、何それ、と言う彼女に目の前で実演してみせる。
 高く飛び上がった俺のジャンプを見上げて、先輩は目を丸くした。
「へー、すごいじゃない! うまく撮れるかなあ」
「頼んますよ! じゃ、俺こっちのコートに入りますから!」
 タオルを彼女に放ってからラケットを手にして、俺はコートに走った。ちょうど英二先輩が「よーっしゃ、桃、俺が相手になっちゃる!」とコートに入った。 よし、望むところだ、氷帝戦でのダブルスでは英二先輩に引っ張ってもらったが、俺だって負けちゃいない!次は関東決勝なんだからな。

 英二先輩とネットを挟んでから、俺はちらりとコートの外に残してきた先輩を見た。
 一瞬、目が合う。
 バチンと俺の身体に電気が走った。
 彼女が俺を見ててくれている。

 そうだ、俺が言い出したんじゃないか。俺を見てくれって。
 だったら、かっこいい桃ちゃんを見せなきゃいけねーな、いけねーよ!
 今までで最高の到達高度じゃないかっていうジャンプで、ダンクスマッシュを決めた。
 相手コートでは、英二先輩が目を丸くして、やるなー桃、なんてちょっと悔しそうな顔。
 俺は制限時間の間、無我夢中で英二先輩とのラリーを続けた。
 
 ラリーを終えてコートを出ると、ふわりとタオルが投げられる。
 英二先輩のアクロバットに対抗して走り回った俺は汗だくだ。
「やるじゃん、桃」
 先輩はジャージを頭から被った姿で笑った。
「あっつ。日陰行っていい?」
 ハイハイと彼女を木陰に促して、俺たちはデジカメの画面に見入った。
 次々と映し出された画面を見て、俺は絶句する。
「……ブレッブレじゃないスか! 先輩!」
 先輩が撮った写真は、見事にブレブレ。
「だって、桃、めっちゃくちゃ動き回るから写真撮るの難しくて」
「テニスなんだから、動くに決まってますよぉ」
「そりゃそうだけど、こんなに飛んだり跳ねたりするなんて。桃、すっごかったね」
 ブレた写真を次々と送りながら、先輩はさらりと言った。
「私の眼には焼きついてるんだけどな、桃のすごいジャンプ。ダンクスマッシュっていうの、本当にかっこよかった」
 一枚くらいちゃんと写ってないかなー、なんて言いながらデジカメを操作する彼女の横顔をじっと見る。今、かっこよかった、って言ったよな?
「あっ!」
 彼女が声を上げるものだから、びくりとしてしまう。
「ほら、これ! 結構、よく撮れてるんじゃない?」
 ほらっ、と差し出してくるデジカメを受け取って見ると、俺が高いジャンプをしてラケットを振り上げている瞬間が鮮明に写っていた。俺のおっ立った髪の先まで、ばっちりと。
「お、おお〜、先輩、やればできるじゃないスか!」
「連写すればいけるかなーって、この時は連写モードにしてみたの」
「さ、最初から連写にしてくださいよ……。いや、それにしても確かにこの桃ちゃん、なかなかイケてると思いませんか」
 えっへん、と胸を張って見せる。
 デジカメを先輩の顔のほうへ、ぐいと向けた。彼女はデジカメの画面と俺とを交互に見て、うーんと少し考え込んだ。
 え? アレ? もっとこう、桃やる時はやるねー、とかノリの良いリアクションが返ってくると思ったんだけど、俺、甘かったか?
 引くに引けないデジカメを手に、俺は笑顔を張り付かせたまま。
 先輩は、何度か俺を見上げて、そしてやけに真面目な顔で視線を止めた。

「確かにかっこいい写真が撮れたけど、写真より、目の前にいる桃の方がかっこいいね。実物の桃の方が好きよ。写真は一枚しか上手く撮れなかったけど、本物の桃がいてくれたらそれがいいな」

 言われた内容が一瞬わからなくて、俺は固まってしまう。
 かっこいい、とか、好き、とかっていう言葉が聞こえた気がした。
 待て待て、相手は蟻の女王だ。
 ンなワケないでしょって、また笑われるんじゃないか。
 そんな事を一瞬思ってから、俺はブンブンと頭を振って、そして両手で髪をシャキッと整えた。
「あの! ちょ、ちょっと、お、俺もアレなんで、今日とにかく、なんていうか、ひとまず一緒に帰りませんか!」
 ポーズはかっこつけてみせたものの、自分でもさっぱり何を言っているのかわからない。
 アレって何よ、一緒に帰るっていっても私の家の方向知らないでしょ、とか言われてグウの音も出ない俺に、彼女はレギュラージャージをふわりと放ってよこした。
「どこで待ってればいい?」
 自転車置き場んとこ、と答えると彼女はデジカメを奪い、ひらりと手を振りながら俺に背を向けて歩き出した。
 俺の心臓は好き勝手に飛び跳ねているし、頭の中は爆発したみたいだ。
 だってよ、俺だって心の準備がある。
 先輩をテニスコートに連れ出した時から、俺は俺なりに考えてたんだよ。
 今までみたいな、軽口たたく気軽な顔見知りっていうんじゃなくて、ちゃんと仲良くなりたいんだって。
 俺は先輩が好きなんだから。
 今日はこうやってコートまで連れだして写真を撮ってもらったけど、勿論それで終わるつもりはない。こう……ビシッとかっこつけて男らしく、俺の気持ちを伝える。それで、ダメなら仕方がない。
 へらへらして、ごまかしたりしないぞ、俺は。
 だから、先輩が言ってくれた言葉に、いつものノリみたいにのっかるとか違うんだ。
 俺が。
 俺が、ちゃんと伝えたい。
 あー、くそ、しかしどうやって。
 あわてて更衣室で着替えをしていると、英二先輩がおーい桃なんて声をかけてきた。
「桃ってさー、今日誕生日なんだよな」
「えっ、あ、そ、そうっス」
「おめでとさん! ふーん、今日から、俺の誕生日の秋までは桃と同い年ってわけかー。なーんか、不思議な気分だよにゃー」
 なんて言って笑った。へっへー、あざーす、なんて返事をしながら荷物をバッグに詰め込んでいるとハッと雷に打たれたように飛び上がってしまった。
「どうした、桃」
 大石副部長がおどろいて俺を見た。
「あ、いや、なんでもないス! お疲れ様っした!」
 部室を飛び出した俺は、自転車置き場に走った。
 屋根の陰に先輩が立っている。
「お待たせしました!」
 ガチャガチャと自転車を引っ張り出した。
「そんなに待ってないよ、桃、仕度早いね」
 自転車を押す俺の隣を彼女は歩き出し、ちらちらと自転車を見た。
「なーんだ、自転車乗せてくれるわけじゃないんだ」
 言われて、俺はどきーんと胸が跳ね上がる。
「いや、あの、ほら俺、今汗くせーし。それに、自転車二人乗りして何かあったら危ねーし」
「ふーん、真面目。あ、でも時々1年の可愛い子と二人乗りしてるよね」
 思わず自転車のハンドルから手が離れて、ガシャーンと倒してしまう。
「なんスか、それ! 俺、そんな奴いねーし! 絶対にないスよ! 何言ってんスか!」
 思い切り慌てて自転車を引き起こしてると、傍を通る見慣れた人影。
「桃先輩、ちース」
 にやっと笑った越前が片手を上げて通り過ぎていった。
「ほら、あの子」
「あ……越前スか……まあ確かに時々2ケツしてっけど……ほら、奴はもし自転車でコケても身軽だし丈夫だし、汗臭くてもヤロー同士だし……」
 さっきの慌てぶりが我ながら恥ずかしくて、穴があったら入りたいとはこのことか。
「そんな事より……先輩って誕生日いつなんスか?」
 唐突に尋ねると、彼女は一瞬目を丸くして俺を見上げてから「明日」と答えた。
「はっ? 明日ぁ?」
 俺は驚きっぱなしだ。
「あ、明日スかぁ」
 掌に汗がにじむ。
 英二先輩のひとことで、もしも先輩の誕生日がまだ先なら、俺はしばらく彼女と同い年だと気づいた。だから何だってわけじゃないけど、せっかくの同い年の期間はなんとか年下じゃない桃ちゃんとして男らしくキメないとな、なんて思ってたから。
 しかし、その貴重な期間は今日一日限りっていうのか。
 掌の汗をシャツで拭う。
「えーと、先輩、家ってどっちの方ですか」
 彼女の自宅の地区を聞いて、俺は道順を思い描いた。
「ちょっと遠回りしてもいいっスか?」
 別にいいよ、と言って歩き続ける彼女の肩が、俺の腕にかすかに触れてどきりとする。
 自転車を押して、上り坂を進む。
「桃、いつも自転車で坂上がったりしてんの?」
 たいした傾斜でもないのに、先輩はふうっと息をついて眉をひそめる。
「そりゃ、自転車通学スから。ここは普段は通らないですけどね」
「ふーん」
 坂を上りきったあたりの自動販売機の隣に、自転車を止めてスタンドを立てた。
「何、飲みます?」
 俺が自動販売機を指すと、先輩は「桃、誕生日でしょ? おごってあげるよ」なんて言うものだから、いーっスいーっスと慌てて制止した。
「スポドリでいいスか?」
 同じ物を2本買い、一本を彼女に手渡す。
「……ここ、青春台の町がよく見えて、結構景色良いんスよ」
「ほんとだね、私坂道苦手だから、こんなとこまでは初めて来たなあ。近いのに」
 そう言いながらドリンクをひとくち。
 日が沈むにはまだまだ時間があるけれど、空は少しずつ昼間営業終了って感じの様相になってきている。
 俺はごくごくとドリンクを飲んで、呼吸を整えた。
 俺と先輩が同い年の時間は刻一刻と終了が近づいている。
 今が勝負だ。
 くそ、どうすればいいのか、何も考えちゃいねー。
 俺は、先輩と初めて会ってからの短い期間に見た、彼女のいろんな顔を思い返す。クールなようで、いたずらっぽいようで、ちょっとガサツなとこがあって、馬鹿みたいに笑ったりもして。
 でも頭からタオルをかぶって肩を震わせていた時に、どんな顔をしていたのかそれは見えなかった。俺は、そんな時の彼女の顔も見たい。
 だって、今。
 先輩は俺のすぐ隣にいる。
 写真の中の俺より、本物の俺がいいって言ってくれた先輩。
 俺だって、先輩に、そばにいて欲しいんだ。
「あの!」
 自分の声が裏返ってるのがわかる。あー、キマらねぇなあ。
「ん?」
 俺は彼女と面と向き合った。
「俺が先輩と同い年になるのは今日一日だけなんで、ちょいと焦ってカッコつけさせてもらいます」
 深呼吸をして言った。
 そうだ、同い年なんだ。俺は今、彼女と同い年。今を逃すと、また一年間は年上のひと。
 手にしていたスポドリのペットボトルを自転車の籠に放ると、俺は汗ばんだ両手を改めてシャツで拭う。
「今日は俺の写真撮ってくれて、ありがとうな。すっげー嬉しかった」
 改まって言う俺を彼女はじっと見上げる。やけに真剣な顔なものだから俺の緊張は最高潮に達するけれど、真っ向勝負をするしかないだろ。
「でも……今日だけじゃなくて、カメラでじゃなくて、俺のことを見てて欲しいんだ。俺は、が好きだから」
 両手でぐっと彼女の細い肩を覆った。今までになく距離が近い。いつも、ぐいと俺を見上げる彼女は少し俯いた。
 そっか、彼女は当然俺より背が低いから、正面からあまり近づくとその顔が見えないんだなあ、と今更当たり前のことを考えたりして、俺の頭はまともに機能しない。ゴトッと音がして、地面を彼女の手から落ちたペットボトルが転がっていた。
「……ごめん、桃」
 その言葉で我に返った。電気が走ったみたいに、肩に添えた手を慌てて放す。突然の夕立と雷に直撃された気分。
「あっ、す、すいません、俺の方こそ! いや、いいんス……」
 とっちらかってあれこれまくし立てそうになった俺の言葉は、そこで止まった。
 俺のシャツの胸のところに、先輩の額が当たる。かすかに彼女の身体の重みを感じた。
「ごめんっていうのは、私が嘘をついたから。誕生日が明日っていうのは、嘘なの。本当は11月」
 これまた意味がわからなくて、俺はハンズアップの状態で固まったまま。
「11月なんて言っても、忘れられちゃうかと思って。つい咄嗟に明日、なんてね。ごめんね、そんな嘘をついて」
「なっ……えっ……」
「でも、カッコつけてくれてありがと。桃はわざわざカッコつけなくても普段から男らしくてかっこいいけど」
 俺の胸に額を押し当てて、クククと笑う彼女は軽く肩を震わせている。
 俺はまたこの人にしてやられたのか!
 ハンズアップしていた手をそうっと彼女の背に添えた。やっぱり彼女の身体は小さくて、俺の両腕にすっぽりと収まってしまう。彼女の肩の震えは止まった。
「……私、夏の暑いのがね、苦手なの。日差しとかさ」
 俺の腕の中で言う言葉は、そりゃこの人はそうだろうなあって納得の内容。
「だからいつも涼しいとこにいてね、真夏の太陽の下ってキラキラしてステキだけど暑いからさ、ふーんって見てただけ。でも、桃のダンクスマッシュを見上げ てたら太陽がまぶしいのも暑いのも気にならなくて。太陽の下だと、日焼したり汗かいたりするけど、桃と一緒だったら楽しいなって思った。こういうのって心 で思ってるだけじゃなくて、すぐにちゃんと言わないと、届かなくなっちゃうよね」

 私は桃が好き。

 続いた彼女の言葉が俺の胸にしみこんで、俺の両手にはまた少し力が入る。
 夏の昼下がりに、突然大きな雲が来て空気が変わって突風が吹いて、激しい雷雨にやられることってあるだろう? そして、その後には大概、からっとした晴天。
 いつだったか学校帰りに出くわした、その強烈で激しい天気を思い出した。
「桃、確かにちょっと汗くさい」
 腕の中で彼女が言うので、夏なんだから仕方ねーだろ、と答えた。
 くくくと笑って肩を震わせる彼女の顔は見えないけれど、今なら十分想像できるんだ。

2016.7.7





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