● 恋は最後のフェアリーテール(11)  ●

 翌日は冬休みの第一日目だったけれど、目がさめても私はやはり大きな男の子のままだった。
 始まりはバカみたいに突然だったくせに、この夢は簡単にはさめてくれない。
 ため息をついて、布団の中から時計を見た。
 今日は4時起きは免除されていたのだが、私は緊張のあまり結局いつもどおりの時間に目覚めてしまった。
 昨日話していた通り、今日は真田くんが来るのだ。
 夕べ真田くんのお母さんにそう伝えたら、『まあ、やっと弦一郎の彼女が遊びに来てくれるのね! 楽しみだわ!』と本当に嬉しそうな顔をしていた。
 私と真田くんが入れ替わってしまってから、ある意味一番の緊張だ!
 どうしよう!
 でも、真田くんが自分の部屋に用事があるのだから仕方がない。
 よく考えたら、緊張した私よりも、自分の家や家族に慣れた真田くんの方が上手く『彼女』としてふるまえるかもしれない。
 私はちょっとそうやってポジティブに考えつつ、すっかり目が冴えていながらも布団で寝返りを打っていた。
 すると電話に着信のライト。
 真田くんだ。
「もしもし、どうしたの?」
 何かあったのだろうか、とちょっと心配になってあわてて布団に入ったまま電話に出た。
「ああ、早くにすまない。ところで、俺はの服は制服とジャージしか着た事がないのだが、そのどっちかだとしたらどっちを着ていった方が良いのだ?」
 私は、ああっと声を上げそうになる。
 忘れてた!
 昨日、今日着て来る服を指示して用意しておけばよかった!
「えっ、真田くん、制服もジャージもダメだよ!」
 私はあわてて言った。
「何!? じゃあどうすればよいのだ!」
 とたんに不機嫌そうな声。
 困ったな。私のワードローブで、真田くんの家に着て来ても良いようなちょっとマシなものを選んで、かつそれを真田くんに分かるように電話で指示してって、ちょっとこれはかなり難易度が高い。
「あのね、タンスの上から二段目の引出しの左の方に、紺色のチュニックがあると思うんだけど……」
「チュニックとは何だ! わからん!」
 やっぱりね。
 しばらく頑張ってやりとりしていたけれど、どうにもお手上げだ。
「あ、そうだ!」
 私は布団から飛び出して思わず大声を出してしまう。
「あのね、真田くん。私のお母さんに選んでもらって。今日は真田くんの家に遊びに行くから、服を選んでって。そしたら、それなりのものを出してくれると思う」
 我ながらあっさりとした名案を伝えると、真田くんもほっとしたように同意した。
「ああ、そうか。そうだな。そうするとしよう」
 やれやれ、なんとかピンチは免れたみたい。
 電話を切って、それでも私はなんだか落ち着かなくて、ジャージに着替えて一人ジョギングに出てみた。慣れると、結構気持ちの良いものだ。

 走り終えてからシャワーを浴びて着替えた頃、キッチンからは良い香りが漂っていた。
「弦一郎、ちょうどご飯できたわよ」
 お母さんがいつもの品の良い笑顔で声をかけてくれた。
 食卓に着くと、真田くんのお父さんが先に食べ始めていた。
「弦一郎、今日はクラスの女の子が遊びに来るらしいな。お父さんは仕事で会えなくて残念だが、またお正月にでも遊びに来てもらいなさい」
「本当ね、そうしたらちょっとしたご馳走でも用意できるわ」
 期待にあふれた二人の言葉に、私は身のすくむ思いだ。
 そんな期待されるようなお嬢さんじゃないんです。ああ、もちろん、今の中身は出来の良いお宅の息子さんだから、しっかりしてはいると思うけど。
 私は、ああ、うん、なんてもごもごとした返事しか返せなかったけれど、お二人は息子が照れているのだろうと判断したようで微笑ましそうに見ていた。



 さて、真田くんは10時くらいに来るという事になっていて、それまで私は落ち着かないし、真田くんのお母さんは品の良い紬の着物に着替えてお花を生けなおしたり、上機嫌でもてなす気マンマンのようだった。嫁を迎えるわけじゃないんだから、もうちょっとその……気軽にしていただけたらいいんですけど……。でも真田くんのお母さんだから、やっぱり常に全力投球なのだろう。
 そんな風にそわそわとしていたらあっという間に時間が経って、相変わらず落ち着かない私は、庭に出てうろうろしていた。もうそろそろ来るかな。
 腕時計を見ていると、キィ、と門が開いて玉砂利の踏みしめられる音がした。
 はっとそちらを見て、私は絶句した。
「ああ、出ていてくれたのか」
 落ち着いた様で言う真田くんは、ちりめんの風呂敷包みを手にして、ウールのコートの下には桜色の小紋をきっちりと着せられていたのだ。
「何、その格好!」
 私は思わず駆け寄った。
「何って、お前の母親が着せてくれたのだ。なかなか良いではないか。お前の短いスカートよりもずっと落ち着く」
 しまった!
 うちの母親は、隙あらば私に着物を着せようとするのだ。こんな時にまんまとやられるなんて、油断していた……。しかも真田くん、ご満悦気味なところがシャクにさわる。なんだかんだ言って結局、こういうのが好きなんだろうか! 
「ええっ、でもちょっと、何もそんな格好で来なくても……」
 あまりの自分のイメージとの落差に、私はついつい動揺してしまう。
 私たちの声を聞きつけたのか、玄関から真田くんのお母さんが出てきた。
「あら、いらっしゃい。まあ、まあ」
 私たちの姿を見ると、お母さんは嬉しそうに声を上げて玄関を出てきた。
「初めまして、といいます。弦一郎くんにはいつもお世話になっています」
 真田くんは上品にお辞儀をして、まったく模範的な挨拶をする。
「まあ、よく来てくれたわねぇ。いつも話は聞いていますよ。本当に可愛らしいお嬢さん。さあ、中に入ってちょうだい。ほら、弦一郎、案内して!」
 真田くんのお母さんは上機嫌で部屋に戻って行った。



「これはつまらないものですが、母がいつも茶会で使っている京都の和菓子です。よろしければ召し上がってください」
 真田くんはちりめんの風呂敷をといて、中から竹の模様の箱を差し出した。
 ああ、母親にヤイヤイと持たされてきたのだろう。
「まあ、どうもありがとう。さんのお母さんは、茶道の先生をやってらっしゃるのよね? やはりさんも、茶道部か何か?」
 いえ、私はあまり、と真田くんは上品に答えていた。あまり、というか実際私は写真部だし、お茶もほとんどやらないのだけど、真田くん、そんな品の良い答え方だと単に謙遜してるみたいじゃないの!
 そんな風に話しつつ、真田くんのお母さんはお茶の準備を始めた。
 真田くんのお祖父さんが焼いたのだという茶碗を出してきて、慣れた手つきで薄茶を点ててくれる。
 完全に私は置いてけぼりの気分だ。
「このお菓子、本当に美味しいわね。うちでも取り寄せてみようかしら」
 お母さんは、真田くんがお土産に持ってきたお菓子を出してくれてお茶をいただきながら、嬉しそうに言った。
 真田くんは、若干肘が男らしく開き気味ではあったけれど、品良くお茶をいただいていた。
 私は本当に複雑な気分だ。
 真田くんは、完全に上品なお嬢さんとしてふるまってくれているけれど、本当の私はまったくこんな風じゃない。
 真田くんのお母さんは、私を気に入ってるようだけど、それは私じゃないし。
 お茶をいただいて、ひとしきり話をして(主に真田くんと、真田くんのお母さんが)、それから私たちは真田くんの部屋に向かった。
 自分の部屋に入って、真田くんはふっと懐かしそうなほっとしたような顔をした。
 うちの母親にきりりと着付けられた小紋を凛と着こなして、きれいに整えられた髪の真田くんは、確かにどこの親にでも気に入られるようなお嬢さんだ。
 それは、どう見ても私ではなかった。
 部屋の扉を閉めると、私は突然胸が苦しくなるような気持ちになる。
 そして、突然に涙が溢れた。
、どうした!?」
 驚いた真田くんがあわてて駆け寄ってきた。
「だって!」
 私の涙は止まらない。
 真田くんの体になってから、私は何度も泣きたくなったけれど今まで一度も泣いた事はなかった。だって、真田くんはきっと泣かない。真田くんの体で泣くなんて、したくなかったから。
 だけど、もうダメだ。
 私は、真田くんじゃないし、私でもない。
 そして目の前にいる私も、私じゃない。
 私はもうどこにもいない。
 消えてしまったんだ。
!」
 うつむいて涙を流す私を、小さな真田くんは一生懸命抱きとめてくれる。
「……真田くん、私はそんな着物を着て、真田くんの家に遊びに来たりなんかしない。そんなお上品にふるまったり、できない。真田くんがそういう子が好きで、そうしたいんだったらそうしてたらいいけど、私はそんな風じゃないから!」
 私は自分が何を言っているのかわからなくなってきたけど、谷底に落ちてゆくような悲しい気持ちだけはおさまらなかった。
「私はそんな風じゃないけど……私はもうどこにもいないんだし、もう、いい。もう、いいよ、真田くん……」
 きっと誰の記憶からも、私が私だった時の事は消えてゆくのだ。そして、私は自分が誰なのか、どんどんわからなくなってゆく。
! !」
 真田くんが耳元で私の名を呼んだ。
「聞こえるだろう!」
 いつしか私を抱きしめながら、背伸びをして彼は耳元で言う。
「泣きたかったら泣けばいい。しかし、勝手にどこかへ行くな。お前はここにいるだろう。お前の姿をした俺は、確かにではない。でも、俺にはきちんとお前が見えている。写真を撮ったり、一緒に夜明けを見たお前が、ちゃんとここにいる。しっかりしろ! 俺の中からは絶対に消えたりはしない!」
 耳元の力強い声は、谷底の濁流に流される私を驚くほどしっかりと強くつかまえた。
 私の涙は止まらないけれど、私の肩を抱きしめるその小さな手の力は確実に私をつなぎとめた。
 どこかへ行って消えてしまいそうな私をつなぎとめた。
 私は少しずつ深呼吸をして、ゆっくりと真田くんを見る。
 眉間に皺をよせて、強い目で私を見る彼は私の姿をしているけれど、確かに真田くんだった。
 真田くんはちゃんとここにいる。
 だったら、私もいるはずなんだ。
「……この服装が気に入らなかったのなら、謝る。すまない、お前の母親が選んでくれたものだし、なかなか似合っているし良いと思ったのだ」
 私はもう一度大きく深呼吸をした。
 自分の大きな手で涙をぬぐった。
「うん、ごめん……急に心細くなったの」
 真田くんは手を伸ばして私の頭をポンとたたくと、押し入れから座布団を出してきてくれて私を座らせた。
 真田くんだって、心細くないはずはないのに彼はいつも私を助けてくれる。
 どうして、真田くんはこんなに強いんだろうな。
 本棚から本を取り出したり、机の中を整理する彼を見つめながらそんな事を考えていた。
「おい、!」
 彼は机の上を見て私を振り返った。
「何?」
「これは、ちゃんと鞄に入れておかねばならんぞ!」
 厳しい顔をして彼が指すのは、例の石だ。
「ええっ、でもメチャクチャ重いんだけど、それ!」
 私はびっくりして答えた。
「だからこそ修行になるのだ。そういう石なのだからな」
「どういう石よ!」
 私は呆れて言い返す。どう見ても、その辺の川原から拾ってきたみたいな石じゃない。
「前にも言った通り、これは真田家に伝わる由緒正しい力石なのだ。でたらめを言っているのではないぞ」
 彼は言いながら、本棚の本を取り出して私に向かって開く。
「全国の神社に、こういった石はいろいろとあるのだ。これは伊勢の方から明治時代に我が家に賜ったものらしい。ほら、力石とは、と本にも書いてあるだろう」
 こうなるときちんと話を聞かなければ彼はおさまらないので、私は大人しく本を覗き込んだ。
「江戸時代から明治にかけて、力比べや修行のために使われたり、または占いや願掛けに使われていた、とあるだろう」
 ふんふん、と真田くんに示されたところに私も目を通した。
 わかるけど、現代の中学生が毎日持ち歩かなければならないものでもなかろうに。
 そう思いながら文章を読んでいると、ふと目が止まった。
『力石による願掛け。石を持ち上げながら願い事をすると、その願いがかなうといわれている』
 という一文に。
 私は、真田くんの鞄から転がり落ちた石を彼と一緒に持ち上げた事を思い出した。
「真田くん……こんな風になる前の日にね、私の部屋で一緒にこの石持ち上げたでしょう? あの時、何を考えてた?」
 私が問うと、彼は一瞬何の事だという顔をするが、はっと思い出したように目を丸くした。
「……あの時か? あの時は……」
 しばし難しい顔をする。
「いや、なんでもない」
「えっ、これ重要な事だから言ってよ! ほら、これ願掛けの石って書いてあるじゃない! 私はね、あの時、まったくこんな石を持って歩くなんて真田くん何を考えてるんだか、一度真田くんになって頭の中をのぞいてみたいって思ってたよ。真田くんは?」
 私がまくしたてると、真田くんは相変わらずの難しい顔のまま。
「……俺は、その……俺がいつも部屋でを抱きしめたりする時、お前は一体どう考えているのだろうな、と思い、女の気持ちなど女になってみないとわからん、と思っていた」
 ぶっきらぼうに言う真田くんの言葉に、私はちょっとびっくりした。
 いつも堂々としていて迷いもなにもないように見える真田くんも、そんな風に私の事を思ったりしていたんだ。キスをしたりする時も。
 ちょっと意外で、私は顔が熱くなった。
 あっ、それより!
 私は真田くんの机にすまして鎮座している無愛想な重たい石を睨みつけた。
 まさかとは思っていたけれど、これはこの石のいたずら?
 真田くんも難しい顔で石を睨みつけている。
「もう一回、一緒に持ち上げてみる?」
 私が言うと、真田くんは渋々うなずいた。
 ばかばかしいけれど、思い当たる事はこれしかないんだもの。
 私たちは二人でその石を持ち上げた。
 私はぎゅっと目を閉じて、もちろん心に願う事はただひとつ。
 目を閉じたままの私は、ひどく息が苦しくなった。そして体のあちこちが痛む。
 これは、アレ? よくSF映画なんかである、異次元空間を通り過ぎる時に苦しい、みたいな何か? 何かやり方を失敗して、私は死んでしまうのかもしれない。私はとっさに映画の「ザ・フライ〜ハエ男の恐怖〜」を思い出して目を開けるのが恐ろしくなった。
 そんな私を呼ぶ声が聞こえた。
 耳慣れた、懐かしい声だ。
! !」
 目を開けると、そこには真田くんがいた。
 私の遥か上から、すこし長めの前髪ごしに強い目で見下ろしてくる、ホンモノの真田くんだ。
 どうやら私は死んではいないらしい。
 じゃあ、この苦しさは何!?
 はっと我に返ると、その正体はギュウギュウと私を締め付ける帯で、そして体のあちこちが痛いのはどうやら真田くんのトレーニングによる筋肉痛と昨日の擦り傷のせいのようだった。
 私は自分に戻っていた。
「真田くん!」
 思わず叫んで、石から手を離すと目の前の彼に飛びついた。
「私、もう二度とその忌々しい石には触らないから!」
 まるでずっと真田くんに会っていなかったような気がする。毎日毎日会っていたのに。
 私を抱きしめる彼の手は大きくて強くて、懐かしい暖かさだった。
 私たちは、長い時間をかけて何日ぶりかのキスを交わした。
 そして筋肉痛の私は真田くんに支えられながらも、へなへなと床に座り込んでしまった。
 まったく真田くんてば、私の体でどれだけトレーニングをやってくれていたんだか。
座って改めて向かい合った私たちは、やっと戻った自分自身を確認するよりも、まるで久しぶりに会うようなお互いをじっと見つめあって、くっくっと笑った。
「……鏡で自分を見ていても、どうにもいつもののようにはなれなかった。やっぱり、は、でないとな」
 真田くんは私を見て、そっと頬に触れ嬉しそうに言った。



 真田くんの家でお昼ご飯を頂いた後(帯が苦しい私は非常にぎこちなく食べるはめになった)、私は真田くんと連れ立って懐かしの我が家に向かった。真田くんが送ってくれるというのだ。
 真田くんのお宅を失礼する時、真田くんのお母さんは『また遊びに来てね。今度はもっと気楽に来てもらってもいいから』と言ってくれた。私の、無理をしてる感が伝わったのだろう。この際、ありがたい事だった。
この数日間どうもありがとう、お世話になりました、というお礼を私は心の中で言った。
 私の家に向かう道すがら、真田くんは珍しく手をつないだまま一緒に歩いてくれて、私はずっと暖かい気持ちのまま。
 結局、お互いになってみてもそれぞれの考えている事は分からなかったし、まあ他人の気持ちなんて、結局のところなかなかわかるものじゃない。多分重要なのは、どう思っているんだろうなって、気遣う事なのかもしれない。真田くんみたいに変わった人の考えてる事なんて、そうそうわかりそうにもないしね。
 だけれど、この奇妙な数日間で私はやっぱり真田くんが好きだなあと改めて思った。
 真田くんはどんな風になっていても真田くんだし、そして私がどんな風になってもちゃんと見てくれている。
 不意に、歩きながらちらちらと私を見る真田くんと目が合った。
「なあに?」
「いや、、今朝鏡を見ても思ったのだが、それはなかなか似合っているぞ」
 彼は少々ご満悦気味に言った。
「……真田くんはこういうのが好きなの?」
「ああ、うむ……嫌いではないが、まあ、でも普段のでもかまわない」
 かまわないって、なにその第二希望的な言いぐさ! 
相変わらずな彼の言葉に、ちょっと笑ってしまった。
 まあ何だ、今回のお正月はいつもは着ない晴れ着を着てみてもいいかもしれない。うちの母親も喜ぶだろう。
 私がくすくす笑っていると、真田くんが、『何がおかしい』と抗議するように言ってきた。
「ええ? なんかね、いろいろ思い出しちゃって。一緒にお風呂に入って、目隠しした真田くんの背中を流したり、着替えさせたりしたんだなあって」
 私が笑うと、真田くんはさすがにあの辺りの一連は生き様としていろいろと不本意だったようで、非常に不機嫌そうな顔をした。
「次は目隠しなぞせん!」
 そして怒鳴るのだった。
「ええ! 次って!?」
 そんな突然な彼の言葉に、私は思わず聞き返した。
「お前は、俺には見られても良いと言っていたではないか!」
「えっ、そりゃあの時はそう言ったけど……」
 真田くんの言わんとしている事の大体を察して、私は少々戸惑ってしまう。
「では、それにあたって都合の良い日時を近日中に提示しろ!」
 えええ! 果し合いとか練習試合の申し込みじゃないんだから、真田くん!
 まったく、真田くんはどうしていつも肝心な時に逆ギレっぽくなるんだろう。つきあいはじめる時も、最初のキスをした時もそうだった。思い出して、ついまた笑ってしまう。
 私の隣で、真田くんは不機嫌なわけじゃないだろうに仏頂面。
 歩きながらそんな彼をまじまじと見上げた。
 これから10年20年と経てば、私たちの心も体もどんどん変わってゆくだろう。
 そしてそんな先には、中学生の時の恋もこの数日間の奇妙な出来事も、遠い昔のおとぎ話になっているかもしれない。
 けれど、真田くんが、この世から忽然と消えてしまいそうになった私の名前を呼び、その強い目と強い手でつなぎとめてくれた事を、私はきっと一生忘れない。
 それだけは、絶対に忘れない。
 そう思いながら、私は隣を歩く真田くんの手をぎゅうっと強く握り返した。

(了)
「恋は最後のフェアリーテール」

2008.1.9

<タイトル引用>
恋は最後のフェアリーテール:作詞. 森雪之丞, 作曲. ローリー寺西, アルバム「Gold」(すかんち)より

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