● Mr.ダストデビル --- 3. もう後がない ●

「言えねえって、何! 言わないとコロス!」
「……わかった、ちょっと待てよ」
 ネクタイから手を離すと、赤也は深呼吸をして立ち上がった。
「ちょっと待ってろよ」
 そう言うと、ローソンに向かって再びダッシュ。
「はい、これ」
 小さなレジ袋から、野菜生活とハーゲンダッツのミルクティー味を差し出した。
「まず、野菜ジュース飲んでビタミン摂取して落ち着いてくれ。そんで、その次は糖分な。丸井先輩が、糖分とらねーとイライラするって言ってた。柳先輩は、ビタミンも重要だぞとか言ってたんで、とりあえず両方」
 野菜生活を一気に飲み干して、そして私は今日2個目、正確には2.5個目のダッツを食べ始めた。普段だったら太るからって、絶対こんなに食べないけど、今は食べずにはおれない。
「で、何!」
「……あのさ、泣いたり怒ったりしねーって約束してくれよ」
「いいから早く言いなさいよ! チア部が何なの!」
 赤也はくるくると髪をいじりながら、言いにくそうに口を開いた。
「この前、ゲーセンで一緒にいた奴、 の彼氏だろ? 俺、前に見たことあんだよ」
「ふうん、バスケ部の練習試合でうちの学校に来たことあるからじゃない?」
「じゃなくてさ、その……」
 赤也は空を見上げた。
「先月の終わりくらいだったかな。チア部の先輩と、あの男が一緒に歩いてんの見たんだ」
 そう言って、気まずそうに自分の靴のつま先を見る赤也。
 テニスシューズはちゃんといいのを履いてるんだろうけど、通学用の靴はかかとを踏まれて汚れてぼろぼろだ。いかにも男の子の靴って感じ。私は、そんな赤也の靴を眺めながら言った。
「……すっごい、いちゃいちゃしてたんじゃない? 腰とかに手をまわして、いかにもヤってます、みたいな感じで」
 私が言うと、赤也は目を大きく見開いて顔を上げた。
「お前、知ってんの?」
「……ううん、ちゃんと知ってたわけじゃないけどさ。なんか、他に女の人いるだろうなって気はしてた。ちょうど先月って、喧嘩したとこだったんだよね。まあ、やるのやらないので」
 空になったカップと野菜生活のパックを、コンビニの袋にまとめて、赤也がいじってへし折ったガリガリくんの棒もそこに捨てた。
「……なんだ、あっさりしてんなー。もっと泣くとかすっかと思った」
 赤也は気の抜けたような声を出す。
「だって、もし俺につきあってるカノジョとかいて、そんでそいつが他の男とってなったらちょっと平気じゃいらんねーと思うけど」
「私だって平気じゃないよ!」
 キッと睨むと、赤也はしょぼんと肩をすくめた。
「だよな、ごめん」
 うん、赤也はいいやつなんだ。バカで短気ですぐ調子に乗って、今回みたいにとんでもないことしでかしちゃうけど。きっと悠樹のことは、私が傷つくだろうからって言いにくかったんだろうな。
「だってさ、悠樹は女の子に人気あるし、それに……なんていうか、すっごい手慣れてるんだよね。で、先月、結局私は悠樹としなかったし、まあ……彼だったら他で何かあったかもねって、思ってた」
 言葉にすると、すごくさらりとしてるけど。
 さっき赤也に言ったみたいに、平気なわけじゃない。
 私に触れる悠樹がすごく慣れた感じだったり、彼が私の反応にイライラしたような顔をするたびに、私はいつも不安だった。そして喧嘩をして、その後ずっと、彼は他の女の人と一緒にいるかもしれないなんて考えては泣いた。考え過ぎだって片付けるには、彼のキャラクターからするとリアリティのある想像で、そしてそれは今赤也の証言により裏付けられた。
「……俺が口出しすることじゃねーけどさ、あいつ、確かに背も高くてかっこよかったけど、そんな手が早くて女にだらしない奴、やめときゃいいのに。 がいやがってんのに、無理矢理しようとすんのとかさ、よくねーだろ」
「ふーん、赤也がそんなこと言うの意外。赤也は彼女がいて、やりたくてもじっくり待つ派?」
「俺っ? うーん、どうだろ? まあ彼女がいたら、してーだろうなあ。うーん、やりてーやりてー言うかもしんねーなー」
 真剣に考えながら言う赤也を見て、私は思わずくくくと笑った。
「けど、まあ無理矢理しようとはしねーと思う。うん、多分しねーかな……うーん」
「そっか。赤也はバカで乱暴だけど、ちょっと優しいとこあるもんね」
「ケッ、バカで悪かったな!  しっかりしてんのに、なんであんなめんどくせー男とつきあってんの?」
「まあ、あの彼はちょっと自分勝手だったりするけど、一緒にいてさ、話してるとすっごい楽しいんだよ。もうちょっと私の気持ちを考えてくれるといいなって思う時もあるけど、一緒にいて楽しい気持ちは本当だもの。やめといた方がいいってのは、自分でもちょっとはわかってるんだ」
 ゴミをあつめたコンビニの袋の口をしばって、それをふりまわしながら言った。私、どうして赤也にこんなこと話してるんだろうな。こういの、女友達にも話したことないのに。
「ふーん。 、男見る目ねーのな」
「ばーか、男見る目はあるよ。赤也んとこの先輩で、実は彼氏にするのに一番いいような人って、桑原先輩でしょ?」
 私が笑いながら言うと、赤也は口元をほころばせた。
「おっ、わかってんじゃん。見る目はあんだな」
「そう、見る目はあるの。ただ、趣味が悪いの」
 そう言うと、赤也は大笑いをした。
「なるほどな、納得だぜ」
 私たちはしばし、笑い合う。
 そして、ふっと赤也が真顔になってくしゃっと髪をかきまわした。
「でさ。つまり、お前の彼氏がチア部の先輩とつながってるとしたら、俺の言ったでまかせの噂、女テニとチア部を通じて彼氏に伝わるのも時間の問題ってこと。まずいよな」
 そう、それが問題なのだ。
「……マジ、悪かった。軽い気持ちで言っちまって、こんなことになると思わなかったんだ」
 髪をいじりながら、ちょっとシュンとした顔になる赤也。
 思わなかったって、彼とチア部の三年のこと知ってたんだったら、こんな展開予測つかない方がバカだっての。
 そんなことを考えて、けどもう今更口に出すのもばかばかしくて、大きなため息をついた。
「……俺、とりあえず丸井先輩たちに、 とやったてのはウソでしたって言っとくわ」
 立ち上がろうとする赤也のシャツの裾を引っ張った。
「もう、いいよ! あんたがなんかすると、大概しっちゃかめっちゃかに引っ掻き回しそうだもん。もうこの件はそっとしとこう」
 私はそう言うと、コンビニ袋につめたゴミをぎゅっと赤也に押し付けて、くるりとやつに背を向けた。
 ちょうどやってきた、家の方へ向かうバスへ走って乗り込む。
 ゆるゆると動き出すバスの窓から外を眺めると、赤也がコンビニの袋を振り回しながら、ちょっとうつむいているのが見えた。
 赤也のやったことには実際腹が立つし、ブッコロしたいと思う。
 でも、どういうわけだか、この件はそもそも私が抱えていた問題に直結してしまった。
 つまり、私と悠樹とのことだ。

 彼と、チア部の三年の人とのことを、私はどうとらえたらいいだろう。
 私は、彼とどんなふうにつきあっていきたいのだろう。

 なんだか曖昧にして先のばしにしていたこと。
 いきなり急かされてしまった。
 だって、彼は私と赤也の噂なんか耳にしたら、きっと黙ってはいない。もう後がない。
 口の中に残るアイスの甘さとは裏腹に、私の心には苦いものばかりが広がった。

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2008.1.24





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