立海DEおかわり〜ブン太DEおかわり〜



 ブン太と初めて寝たのは、1年生の時だった。
 中学に上がりたての頃、なんだかお互いに大人ぶっていきがってた時期だったと思う。小学校の頃から友達ではあったけど、別に好きだとかつきあうだとか、決してそんな関係じゃなかったのに、なんだかお互い後にひけなくて、そういうことをした。多分、私もブン太も、それぞれに初めてのことだったと思う。
 それが2年前のこと。
 その時きりのことだった。
 
「あ、それ懐かしい! 昔、子ども会のお祭りでもらって食べた! うちの親、あんまりスナック菓子とか買ってくれない方だったから、すっごい美味しくて感動した覚えがあるなー」
 そんな事を言って、ブン太から奪ったお菓子はうまい棒。モソモソと食べて、子どもの頃の記憶とすり合わせた。
「美味いだろぃ? コーンポタージュ味、王道だぜぃ」
 得意げに言うブン太を見上げながら、私は一度咳き込んだ。
「……うーん、過剰に美味しい思い出になりすぎてて、今、改めて期待して食べると、あ、こんなもんだったかー……って感じ?」
「じゃあ、食うなよ!」
 私が半分まで食べたうまい棒を奪い取って、ブン太は残りを一口で食べた。
「ま、なんでも思い出になったら、美しくなるってことだよねー……」
 私がそんな事を言うのは、実はこの日、私が夏前までつきあってた彼から振られて別れたっていうネタでブン太にからかわれながら歩いていたから。私はもう忘れて割り切ってたっていうのにさ!
 ブン太はバッグの中からもう一本うまい棒(今度は明太子味だ)を出して、くくっと笑った。
「なんだ、男をうまい棒扱いかよ、ヨユーだな」
 袋をやぶって、モソッと明太子味をかじりながら、そして不意にブン太は目を丸くした。
「あ、そーいえば」
 続けて何かを言おうとしてから、奴はあわててモソモソと明太子味を完食して、そしてまた口を開く。
 口の中、乾燥してパサパサにならないのかなーなんて私は思うけど。
「言っとくけどな、俺のは駄菓子じゃないぜ。今、食ってみると、当時よりもだんぜんパワーアップした美味さってな」
 ブン太の言ってる意味がわからなくて、ぽかんとしてたら、彼は歩きながら軽く私のお尻にまわし蹴り。
「ばーか、俺のうまい棒って話だよ」
 2年前のことを思い出して、私は呆れて蹴りかえした。
「なにイヤラシイこと言ってんのー! ブン太、オッサンみたい!」
「やせ我慢してねーで、食ってみろぃ!」

 ね? 
 なんだか、怒れない、後に引けない感じになるんだよ、ブン太って。
 久しぶりに私の部屋に上がりこんだ彼は、勝手知ったるように私をだきかかえてベッドに入り、ご自慢のうまい棒を披露するわけで。
 それまでの会話は中の私たちだけど、二人でベッドにもぐりこむと、どういうわけか中学1年のあの時の気持ちに戻った。小学校の時の子ども時代の気分がまとわりついていながら、自分はもう大人になったんだっていう自意識ばかりが強かったっけ。初めて、あの当時から見ると大人っぽかった立海の制服を身に着けて気分も舞い上がっちゃってたんだ。だから、男の子と寝るなんて、どうってことないって、ブン太なら練習にちょうどいいって、自分で言い聞かせながらまずは初めてのキスをした。
 あれから、私には恋人もできたし、ブン太につきあってた女の子がいたのも知ってる。だからお互い、あの時の子どものじゃれあいみたいなものとは違う行為に、今回はなるはずだと思ってたのに。
 あの時からするとはるかに変化しているお互いの身体に触れあいながら、私たちは妙にぎこちない。
 ブン太、あんな軽口をたたいて自信満々だったのに、やけに神妙な顔してる。私もなぜだか、緊張してリラックスできない。別に今さらブン太としたからって、明日も普通に顔を合わせることができる程度のことのはずなのに。
 気持ちの落としどころがよくわからないまま行為を終えて、身体を起こしたブン太と目が合った。

「……待て待て!」

 彼はディッシュをゴミ箱に放って、私を睨みつけるようにして言った。
「え? え? なに?」
 私がびっくりして聞き返すと、彼は神妙な顔のまま。
「深呼吸しろ」
 私は言われるままに深呼吸をした。
 彼も同じように深呼吸をする。
「これから俺が言うことを繰り返せ」
「これから俺が言うことを繰り返せ」
「ばか、これからって言ってるだろぃ!」
「ばか、これからって言ってるだろぃ!」 
 ふざけて笑うと、ブン太は私のおでこをペチンとたたいた。
 いいか、ちゃんとしろ、と言い添えて彼はこう続けた。
「私はブン太が大好きです」
「えー!?」
もう一度ブン太が私のおでこをペチンとやる。
「……私はブン太が大好きです。……あ、ちょっと、これ、言われたから繰り返してるだけだからね?」
「よけーなことは言わねーの!」
「よけーなことは言わねーの!」
 またしてもペチンとやられそうになって、今度はそれを上手くかわした。
「そして次はこう言うんだ、『もう一回抱いて』」
 私が目を丸くしていると、半身を起こしていた私の上からブン太がぐいとかぶさってくる。赤い髪が、カーテン越しの夕日に輝いた。
「さっきのと続けて言ってみろぃ」
 なにか気の利いた返し方だとか、ツッコミだとか、ボケだとか考えてみるけど何も思い浮かばなくて。

「……私はブン太が大好きです。もう一回抱いて」

 言葉は魔法だ。
 口にした瞬間、私の中に何か暖かくて甘いものがあふれた気がする。たとえて言うなら、ホットココアみたいな。
 ブン太は私をぎゅうっと抱きしめた。
「最初っからそう言やいーんだよ! そしたら、俺のうまい棒はもっと実力を発揮できるんだって! 今からのが終わったら、お願いもう一回って言わせてやるからな!」
 何言ってんのよーって言い換えそうとすると、ブン太の甘いキス。
 思わず目を閉じた。
 胸の奥からあふれ出した甘いココアのせいか、私の背中と腰にまわされた彼の手の感触や熱い舌は本当にとろけるよう。
 達人パティシエが作った極上スイーツを差し出されているみたいで、ドキドキしてきた。




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