● 恋のアドベントカレンダー(4) --- 観月はじめとクリスマスティー ●

 観月とクリスマスティーを買いに行くという夢のような企画はとんとん拍子にすすんで、その週末、11月最後の日曜日に出かけることになった。
 なんて、さらりと言ってるけどここまでの私は大変だった。
 だって、まず服。
 観月と私服で休日に出かけるなんて、何を着て行ったらいいの。
 なんとなく観月ってひらひらきらきらしたの好きそうなイメージだから、小さい頃にピアノの発表会で着たみたいな服や靴がいいんだろうかって思ったけど、家庭部の皆にそれだけはやめとけって言われ、結局いつも友達と出かける時みたいな無難な服にした。
 大体、私は男の子と出かけるって、クラスのグループでわいわいとってことはあっても、二人きりで休日に待ち合わせてなんて初めてだ。
 実は1年生の時にちょっとだけ男子とつきあったことはある。
 だけど、学校で話したり、一緒に帰って寄り道をしたりということをしたくらいで、結局休日にデートをするというところまではいかずに、なんとなく自然消滅をしたんだった。
 デート……。だって、これってすごくデートっぽいじゃない。12月も近づいてクリスマスムードの街へ、二人でクリスマスティーを買いに行くんだよ。
 いや、浮かれてるだけじゃだめ。
 今日これぞというクリスマスティーを選んで買って帰る→観月にお礼のケーキを渡す→仲良くなる→学校のクリスマス礼拝で賛美歌独唱を披露した観月を労ってメリークリスマスといってお菓子を渡す。
 というのが私に課せられた計画。そうそう家庭部部長に「不二裕太くんは、オレンジシフォンを絶賛だったらしいよ」と伝えたところ、猛烈にテンションがあがって「毎日でも作る!」なんて言い出した。いくらなんでもそれは重すぎると思いとどまらせて上記の計画とあいなった。部長が「恋の小道具となる手作り菓子ならまかせて!」と言ってくれたから、大船に乗った気分だ。
 観月にメリークリスマス、かあ。
 いろいろ想像をめぐらせながら待ち合わせ場所の駅を歩いていたら、さん、と声をかけられた。
さん、僕はここですよ」
 待ち合わせの目印の時計をぼーっと通り過ぎるところだった。
「あっ、ごめんごめん、待たせちゃった?」
「いえ、まだ時間前です。僕の乗った電車が少し早かっただけですから」
 今日の観月は、この前と同じ暖かそうなウールのジャケットに、少し光沢のあるシャツにニットのベスト、タイトな小花模様のネクタイを軽く締めていた。革靴はぴかぴかに磨き上げられていて、百貨店のカウンターでも堂々とできそうなおしゃれな格好。色白できれいな肌は暑い夏にテニスコートで走り回っていたとは思えない。
「今日はよろしくお願いします」
 なんて言ったらいいのかわからなくて、とりあえずぺこりと頭を下げた。
 観月はポケットから手帳を取り出す。
「今日はまずここからすぐの百貨店を見てまわり、3つほどのブランドをチェックします。そうしたら駅を移動して次の百貨店へ。このブランドはその店舗限定のクリスマスティーが発売されていますから、完売でなければテイスティングできるでしょう。次は乗換えをして、少し先のティールームへ行きます。ちょうど昼前になりますから、混雑時をさけて早めにクリスマスプレートをいただきましょう。その店でもオリジナルのクリスマスティーを出していますので、注文がてらチェックします。その後はお疲れでなければ、いくつかの茶葉販売をしているティールームを見てまわり、もう一店舗ほどでお茶と軽いお菓子などをいただいて帰るというスケジュールを考えています。いかがでしょう」
 観月はよどみなく本日のスケジュールを読み上げた。
 想像以上の紅茶プランだ。
「あ、ありがとう、いろいろ調べてくれたんだね。今日は歩きやすい靴で来たから、大丈夫だよ」
 颯爽と歩く観月につれられて、晴れた冬の日の街を歩き出す。
 朝からにぎやかな人ごみにまぎれ、目当ての百貨店に入っている紅茶ブランドの店舗へ。店舗には入ってすぐのところに、可愛らしい缶のクリスマスティーが陳列されていた。
「わー、あったあった。へえ、缶がすごくクリスマスっぽい!」
「こちらに茶葉のサンプルがありますよ」
 観月がサンプルケースを開けて見せてくれた茶葉は、中にスパイスがごろごろ入っていて見た目もにぎやかだ。
「結構スパイスきいてしっかりした香りなんだね」
 そっと顔を寄せて香ってみる。
「そうですね、クリスマスティーはミルクティーにしたりしっかり砂糖を入れることを考えられたものが多いですね」
「うーん、私ちょっとクローブが苦手かも……」
「スパイスや香りは好みがありますからね。せっかくですから、いろいろ見てまわりましょう」
 観月はスマートに笑ってみせた。
「……観月はどんな紅茶が好きなの?」
 地階の食品売り場の方にある紅茶店に移動するためにエスカレーターに乗りながら、改めて尋ねてみた。
「んーっ、僕はやはりダージリン、夏摘みのセカンドフレッシュも良いですがやわらかな秋摘みが好きです」
「へえ、やっぱり。観月はダージリンって感じがする。でも、まかない茶も買ってたね」
「ええ、もちろんブレンドも好きです。ティールーム・ワルツは茶葉の鮮度が良いので、どの茶葉も美味しいですしね。さんは、どのようなお茶がお好きなんです?」
「私はディンブラとかのセイロンティーが結構好きかな。ダージリンも好きだけど高いでしょう。家庭部では紅茶費って決まってるからね、どれだけリーズナブルで美味しいお茶を買ってくるかが、調達係の私の腕にかかってるの」
 私たちはもうひとつの紅茶店に行き、サンプルチェック。今度のはちょっと香りが人工香料っぽすぎるかな、とかあれこれ言いながらもう他の店もチェック。そっちはバニラの香りがよかったけど、高級ブランドで値段が高すぎた。
「なかなかこれって決まらなくて、ごめんね」
「かまいませんよ。予定している店を見てまわったら、最後、帰り道にまた寄れますから」
 さすが観月、コースも考え抜かれてるんだ!
 あれこれ話しながら百貨店をひやかしてまた電車に乗り、目当てのティールームに到着するとちょうど正午前。観月、計算ばっちり。
「このお店って有名だよね! 来たかったけど、ちょっと遠くてなかなか機会がなかったんだ、嬉しいなあ」
 思わず声を上げてしまう。
 テーブルに案内されクリスマスプレートをふたつ頼み、紅茶はお店オリジナルのクリスマスティーにした。
 プレートを待っていると、お店のテーブルはつぎつぎとお客で埋まりあっという間に満席。観月の読みはすごいな。
「観月はよく来るの?」
「この店は季節のダージリンの種類が豊富ですからね」
「うん、でも旬のダージリンは高いでしょ」
「ここはすべて試飲させていただけるので、厳選します」
 観月は凛と言った。
 テーブルにサーブされたクリスマスプレートを見て、思わずわあっと声が出る。

 スモークサーモンとクリームチーズのサンドウィッチ
小さなブッシュドノエル
ダージリンのソルベ
アッサムのベイクドチーズ

それぞれ小ぢんまりと綺麗に作られたものが真っ白の大きなお皿に可愛らしく並べられていた。
私がお皿に見とれているといつのまにか砂時計の砂が落ちきっていて、観月が優雅な手つきでカップに紅茶を注いでくれた。観月は指も細くてきれい。
薄い磁器のカップに顔を近づけると、なんともやわらかな良い香り。
「美味しい!」
 ストレートでいただいた紅茶は、オレンジピールとシナモンにあと何か少し甘酸っぱい香り……。
「ドライフランボワーズも入っていますね」
「香りもきつすぎなくて飲みやすい」
「日本人にも好まれるブレンドなんでしょう。これは僕も気に入りました」
 観月がやわらかな笑顔で言った。
「ソルベも美味しいね」
 私はばくばく食べてしまうんだけど、観月はどのお菓子も小さく切り分けて一口一口ゆっくり味わっていた。
 つくづく観月って繊細できれいな男の子だなあ。
 それにしても、この前ワルツに行く時に電車で会うまで、もっと話しにくい子かと思ってた。こんな風に丁寧に優しく話してくれるんだ。
 朝は観月と二人で出かけるって、嬉しいけど緊張するなあなんて思っていたけど、緊張する間もなく楽しく過ごせてる。
 こんな時に思い出すのも何だけど。
 くだんの1年生の時に付き合っていた男の子。委員会で知り合って、好きだ付き合おうなんて言われて、陸上部のちょっとかっこいい子だったものだからなんだか嬉しくなって、そのまま「つきあう」ってことになったんだ。けど、一緒にいる時何を話してたのかまったく思い出せない。自然消滅するに至ったきっかけだけはよく覚えてる。何度目か一緒に帰った帰り道、急にぎゅっと手をつながれて。びっくりしたけど「あ、つきあってるんだしこんなもんなのかな、まあいいか」なんて思ってそのままにしてたら、次の瞬間抱き寄せられてキスをされそうになった。
 えっ、それはない! と思ってあわてて離れて、なんか気まずい感じで帰宅して、その後なんとなく疎遠になった。
 つまり、何がなんだかわからないまま始まって、何がなんだかわからないまま終わってしまったっていう感じだったんだよね。
 私がいい加減で傷つけちゃったのかなあとも思うけど、やっぱり何だかわからない。
 目の前で迷いなく丁寧にプレートを味わっている観月を見ていると、きっと観月は何もわからないことやはっきりしないことなんてないんだろうなって感じる。
 きれいで、はっきりしていて、毅然としてて、間違ったりしない。
 こういう観月が好きだなって改めて思った。
 そっか、男の子を好きなるってこういう感じなんだ。
「よかったら、次はミルクを入れますか」
 観月が顔を上げて目があってしまうものだから、私はおおぅなんて変な声が出てしまった。
「時間をおいて濃くなっていますから、きっとミルクにも合うでしょう」
 彼の言うとおり、ミルクを加えたそのクリスマスティーもとても美味しかった。
「……美味しいね。観月、つれてきてくれてありがとう。私、このお茶買って帰る。ちょっとだけ予算オーバーだけど、このお茶ならきっと家庭部の皆も喜んでくれるし、張り切ってお菓子焼いてくれると思う」
「そうですか、それはよかった。確かにこのお茶は美味しいので、僕も買って帰ります」
 ひととおりたいらげてから、私たちはまだいくつかの紅茶店を巡った。
 観月は秋摘みのダージリンを買ったり、私は家庭部の友達から頼まれていたクリスマスの飾りを買ったりしながら、いろいろな話をする。
さんは調達係ということですが、家庭部には代々そういうポジションがあったのですか?」
「ううん、私が初めて。私ね、入部当初は部活ってめんどくさくて適当に入ったものだからぜんぜんやる気なかったの。部っていっても家庭部は正式な部じゃなくてサークル扱いだから楽かと思ってて。そもそも私は料理ってほとんどやったことなかったし、大雑把な方だから小麦粉や砂糖の計量も苦手で。だから当時の部長にせめて生き物委員と交渉して新鮮な卵でももらってきてって言われて、それならなんとかできるかもと張り切って調達してきたら結構ほめられたの」
「なるほど、卵ですか」
 観月はうなずきながら話を聞いてくれる。
「あとは、園芸部から野菜や果物をわけてもらったり。だから私、結構草むしりや収穫も手伝ってるよ」
「もはや何部かわかりませんね」
 んふっと笑った。こうやって笑ってくれる観月もなんだか、いい。
「で、紅茶はもともといとこのお姉ちゃんの影響で前から好きだったから、安くて美味しいのを探して買ってきたらこれまた好評で。そうやって私は、調達係としての地位を確立したわけ」
 大きなリアクションを取るわけじゃないけど、観月はしっかり興味深そうに話を聞いてくれてるのがわかる。
「観月はテニス部だからもちろん運動とか好きなんだろうけど、お茶やお菓子にも詳しいよね。実家のお姉さんはお菓子作るって言ってたし、もしかして観月もお菓子作ったりするの?」
 ふと聞いてみると、観月は軽く眉間にしわをよせた。
「いえ、僕は……あの小麦粉が舞って服についたりするのが苦手で、お菓子を作ることはしませんね」
 あ、なるほどねー。思わず吹き出すと、彼は決まり悪そうに顔をそむけた。
「手や服が汚れたりする事が、どうも苦手なんですよ。あと、虫や土などもあまり得意ではありません」
 うんうん、そんな感じする。
「そっか、私は結構虫や土、平気。虫で困ったら、きっと助けて上げられるからいつでも呼んでね」
 冗談半分で言ったら、観月くんは一旦そむけた顔をまた私の方に向けてちょっとまじめな顔。
さんの手を汚させるわけにはいきません、僕なりに努力をしてみます……が、どうにも無理だったら、もしかしたらお願いするかもしれません」
 あのきれいな顔で背筋を伸ばして丁寧に淡々とそんな事を言うものだから、私は顔が熱くなってしまう。
「……うん、そんな無理しないで。私、ほんと虫、平気だから……」
 何を真剣に虫の話なんかして、どきどきしてるんだろ。
 そんな具合に観月とクリスマスティーを探し求めた日の帰りの電車は、虫の話で締めくくられた。

「遠回りになっちゃうのに、わざわざありがと」
 西日が淡いオレンジ色から紫のグラデーションになりかけた頃、最寄り駅から私の家に向かって二人で歩いた。
 観月が暮らしている寮は学校の最寄り駅で降りればよいのだけど、私を送ってくれるために駅を乗り過ごして一緒に来てくれたのだ。
「いえ、冬のこの時間はすぐに暗くなりますから」
 私の買い物につきあって一日歩き回ったというのに、観月はちっとも疲れたりうんざりしたそぶりもなく、朝会った時と同じ優雅さで隣を歩いている。
 観月は本当に王子様みたいだ。
 きれいで、優雅で、心優しくて、品が良くて、まじめで、きちんとしていて、頭がよくて……私の語彙ではとても表現できない!
 それに比べると、このいい加減でお菓子もまともに作れない家庭部の私ときたら。
 観月は山形からテニス部の補強組でルドルフに来て、すごく頑張って部活やってきたんだよね。私ってば、だらだら家庭部の調達係としてお菓子をむさぼる日々で3年近くを過ごしてきた。
 うん、私ももう少しちゃんとしよう。
私、観月が好き。
 だけど、今の私ではこの実態を知られたら観月に嫌われてしまう。例えば、部長が不二裕太くんのファンであることを利用して観月に渡すケーキを作ってもらってるとか……そういう一事が万事!
 今のままじゃ、王子様とただの庭の草むしりだもの。
 もうちょっと頑張ろう。何を頑張ったらいいかわからないけど、頑張ろう。
 そうしたら高等部に上がる頃には、少しくらいなら私が観月を好きって伝えても恥ずかしくないかもしれない……。
 なんて思いながら、歩いているとあっという間に家の前まで来てしまった。
 やだ私ってば、ぼーっとしてないでもっと観月と話しとけばよかったなあ。
「観月」
 家の門の前で立ち止まって、私は改めて彼を見上げた。
「今日、ほんとにありがと。素敵な厳選したクリスマスティーも買えて嬉しい。今まで知らなかった紅茶のこともいろいろ教えてもらって、すごく楽しかった。ありがとね」
 すごく月並みな言葉でしかないけれど、胸がつまってこれで精一杯。
 でも、ちゃんと観月は真剣な顔で聞いていてくれた。
「いえ、僕もクリスマスティーを買ってみたいと思っていたとこだったので。クリスマスプレートをいただくのも初めてですし、とても有意義でした」
 ありがとう、また明日学校でねと言いかけると「さん」と観月がまた真剣な顔。
 そうだ、お礼のお菓子! どういうのが好きかって聞いてもいいかな。
 なんて思っていたら、観月が言葉を続けた。

「僕はさんが好きです。真剣にお付き合いをしたいと思っていますが、さんのお気持ちはいかがですか」

 観月の言っている言葉の意味が一瞬わからなくてぽかんとしてしまって、言葉を反芻してみたらカーッと全身の血が頭に集まってきて、それからサーッと引いていくのを感じた。
「あの……」
 自分の声が遠い。
「私も、観月が好き!」
 声が震えているのが分かる。
「……だけど、だめだと思う、ごめん!」
 観月がどんな顔をしていたのか、見ることはできなかった。
 そのまま家の中に逃げ込んでしまった。
NEXT

-Powered by HTML DWARF-