モクジ

● 恋のアドベントカレンダー(3) --- 観月はじめとの約束 ●

 シフォンケーキを焼いた日は、家庭部のメンバー(といっても、私と同期の3年生の引退組)からいろいろな質問攻めに合った。
 私、自分がお菓子を作るわけじゃないし(家庭部のくせにですが)、まあ柄じゃないっていうのもあって、男子にお菓子を配るなんて言い出すことはまずなかったから。
 それが男子寮の子にお菓子をあげたいっていうから、「誰に!」「どうして!」って言いたくなるのもわかる。そして、私も今はわくわくしてうきうきして、言いたくて仕方がなかった。
「実は紅茶を買いに行く時、観月に助けてもらって……」
 と話すと皆一様に「へ〜観月〜」といった反応だったんだけど、これこれこうやって助けてくれて本当にかっこよかった。その後、スコーンもくれたんだよ、と話すと、皆の「へ〜」の声のトーンが少し上がってきた。
「というわけで、お礼として観月にお菓子をおくって寮の皆で食べてもらおうと思うので、自慢のシフォンケーキ焼いてください! あれならきっと美味しいって喜んでもらえると思う!」
 私がぺこりと頭を下げると、部員の中で最もケーキを焼くのが上手い部長(正確には元部長)が眼鏡を光らせた。ちなみに部長と材料調達係(お菓子を作らない)となると、ヒエラルキーは明確と思ってほしい。
「ところで、その観月くんの『お菓子が好きな後輩』っていうのは、不二裕太くんかしら」
「えっ? 不二? いや、後輩の名前まではわからないけど……」
 意外な質問の展開に私はついていけない。
「観月くんがお土産を買おうとするような間柄で、かつ平日にちょっと実家に帰るような後輩、それはきっとテニス部2年のあの可愛くてかっこいい不二裕太くんに違いない。、私、不二裕太くんが食べてくれるなら、張り切ってシフォンケーキを焼く!」
 部長はクールで頭脳明晰な知的美人って感じのタイプだから、私を含め一同、彼女が2年生男子のファンだったという事実が意外だったけど、私としてはこのチャンスは逃せない。
「そうなの? ありがとう、じゃあ観月に後輩の名前を聞いとくね」
 部長が不二裕太くんに食べてもらいたいケーキを、私が観月に渡すというのもおかしな話だけど、でもとにかく観月にお礼のケーキを渡してまた話ができるなら、それに越したことはない。
 うん、きっと不二くん、不二裕太くんに違いないよ、と調子の良いことを言いながら私は材料の用意を手伝った。
 こういう具合にシフォンケーキは出来上がっていったわけです。


「おはようございます、さん」
 登校してロッカーにバッグをしまっていると、観月の落ち着いた声。
「あっ、おはよう!」
 観月の声や姿で、こんなに胸躍る日が来るなんて数日前までは想像もしなかった。
「昨日のケーキ、大変美味しくいただきました。寮の皆も、とても喜んでいましたよ」
「本当? よかった。例のお菓子が好きな後輩くんの口にも合ったかな、なんていったっけ……」
「2年生の裕太くん、不二裕太くんですね。ええ、彼も絶賛でしたよ、オレンジにヨーグルトクリームが絶妙だったと」
 おっ、やっぱり不二裕太くんとやらだったのか!
「よかった、家庭部の皆にも伝えておくね」
「よろしくお伝えください」
 それでは、と席に戻ろうとする観月を思い切って呼び止めた。
「あ、あのさ、観月」
 前髪をくるりといじりながら、振り返った。表情はクール、ではあるけれど話しかけられることを拒む雰囲気はなかったからほっとして、先を続けた。
「クリスマスティーってあるでしょ」
「ああ、クリスマスの時期にいろいろな紅茶ブランドから出るクリスマスブレンドのお茶ですね」
「そうそう、ほら、シナモンとかのスパイスが入った冬っぽいやつ」
「はい、それがどうかしましたか」
「家庭部では、実はクリスマスティーを買ったことがなかったの。なんか、買いそこねてタイミングを逃したり、割り当てられた紅茶費が足りなかったり。でも今年は中学最後のクリスマスだし、3年生皆で美味しいケーキを作ってその時にクリスマスティーを飲もうってことになって。で、もし観月がおすすめのクリスマスティーがあったら教えてほしいんだけど」
 これは頭脳明晰な部長が考案したセリフだった。
なんのことはない、観月にクリスマスティーのアドバイスをもらう→ケーキを渡す口実にする→結果的に不二裕太くんに部長手作りケーキを食べてもらうことができる。
という部長の作戦だ。つまり、私が観月にこれ以上家庭部手作りお菓子を渡すきっかけがないと、部長も不完全燃焼だというわけで、私と部長の利害が一致した上でのコラボレーションだ。
「んー……クリスマスティーですか」
 観月は少し考える顔をした。脳内の紅茶データを検索してるのだろうか。
「実は僕もクリスマスティーを買ったことがありません。けれど、どこのブランド・店が今年はどういったクリスマスティーを出しているのかは把握しています。よろしかったら、一緒に選びに行くことはできますが」
 一緒に選びに行く!
 観月と二人でクリスマスティーを買いに行くってこと!?
 百貨店や紅茶屋さんに!?
 想像以上の展開に、私はくらりとしてロッカーに肩がぶつかる。
「いいの? ぜひお願いしたいです」
 倒れそうになりながらそう言うと、観月は「それではまた日時を決めましょう」と言いながら席に戻っていった。
 家庭部部長の完璧な作戦に感謝!
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