恋愛小説家(1)



 泥まみれのランドローバー・ディスカバリーが猛然と走っていた。
「だから言ったじゃねぇかよ、ルパン。いくらなんでもモゴック入りは分が悪ぃ!」
 次元大介はディスカバリーの助手席で帽子を押さえながら銃を構え、窓から後方を見る。
 後方にはミャンマー軍のジープ。
「言っても仕方のない事だ。今はなんとしてもこの州を抜けるのが先決であろう」
 後部座席では石川五右ェ門が胡坐をかいて、静かに言う。
「そうそう、いつもながらいいこと言ってくれるねェ、五右ェ門ちゃん!」
 ルパン三世は勢い良く言うと、ハンドルを切った。
 山道に入る。
 三人は、ミャンマーはサガイン州モゴック地区に侵入していた。
 この世界有数の宝石産出国で、なんと500カラット近くのルビーの原石が発見されたらしいという情報を入手しての行動だ。
 しかし1995年の宝石法制定以来、この世界一のルビーの鉱山があるモゴックは軍の統制下にあり、外国人は厳しく取り締まられる。
 彼らは現地人に紛れ入り込んだは良いが、あっさりと軍に発見され追い回されるに至った。
「クソッ、しかしこうもあっさり見つかっちまうとは思わなかったぜ」
 次元が忌々しそうに吐き出す。
「ルベウスの奴、案の定、軍と通じてやがる。しかしここまで連携が取れてるとはなァ」
 ディスカバリーはどんどん山を登っていった。
 通称「ルベウス」。
 ラテン語で「赤」を意味する通り名を持つその男は、ミャンマーを拠点とする有名な闇の宝石ブローカーだ。
 ミャンマーでは件の宝石法により、採取された宝石を国を通さずに国外へ流通させる事は固く禁じられている。しかし勿論それが100%徹底されているわけではなく、闇のブローカーは存在する。中でもルベウスは、特に大物ブローカーとして世界に名をとどろかせていた。
 ミャンマーで採取される大粒の原石は、ほどんどが彼の扱いであり、今回の巨大な原石……「シルク」と名づけられたルビーも彼が入手したという。
 それを頂戴しにやってきた三人なのだが、この有様。
 山道は険しくなり、ディスカバリーは大きく揺れた。しかしスピードを落とすことなくルパンはアクセルを踏み続ける。フロントグリルはバキバキと木の枝を折った。
 大きくハンドルを切って、ギアを落とし轟音を上げてディスカバリーは後方の軍用車達を差を開けた。
 登りきると切り立った崖。
 五右ェ門がひらりと飛び出し、車の屋根に上った。
 積んであった荷物を放り投げると、下で次元とルパンが受取る。
「急げ!」
 ルパンが言うより早く、二人もそれぞれ荷を開けた。
 カーボンのキールにそってワイヤーを引くと、細長く鋭い翼が広がる。
「おっほ〜、こりゃよく飛びそうだ」
 ルパンは大げさに嬌声を上げながら、ハーネスを装着した。彼のラボから持ち出した、出来たばかりの特注のリジットウィングだった。
 崖からは、ほどよい向かい風のブローが入る。
「行くぜ」
 ルパンはゴーグルをつけると、とんとんっと2〜3歩走って飛び立った。次元と五右ェ門もそれに続く。
 次元はちらりと振り返った。ようやく追いついてきた軍用車から、軍人どもが降りて銃を構えているのが見えた。ゴーグルの位置を直しながら、くっくっと笑う。
 この尾根を越えれば、隣のシャン州だ。立ち入り禁止区域を越えては追って来れまい。しかも車で尾根を越えるとなれば何時間もかかる。
 先頭を行くルパンの翼は、まっすぐ東に向かっていた。
「なんとかモンミットまで行けそうだな。奴ら、まず追いついて来れねぇ」
 次元は山脈の景色を眺めながら無線でルパンに言った。
「いや、その先のマベインまで行くぜ」
 風切り音と共に、機嫌の良さそうなルパンの声が響く。
 そして同時に、前方のルパンの機体が急旋回をする。
 あわてて次元もそれに倣うと、ガクンと突き上げられるような急激な上昇。三人は互いに睨み合うようにクルクルと旋回を続けた。
 ちらりと上を見ると、見事な積雲。
 計器は毎秒10m程の上昇を示し、眼下の尾根はぐんぐんと小さくなっていった。
 気がつくとひんやりとした雲の真下、海抜3000m。
「……ルベウスにはやられたな、ルパン。ヤンゴンで再戦か?」
 五右ェ門の静かな声が無線で響いた。
 雲に入る直前でルパンは旋回をやめ、機首を南へ向けた。
「いや、せっかく米食い放題だったトコロ、五右ェ門にゃ悪ぃが、ミャンマーは分が悪すぎる。再戦はドバイだ」
 ルパンは無線で答えると、そのまま北にグライドを始めた。
 五右ェ門も着物の袖をばたつかせながら続く。
 次元もベースバーを手前に引いてスピードを上げた。
 思わず、うう、と声が漏れる。追い風もあって、時速100キロ近く出ているこの新作の高性能機にルパンはご満悦のようだが、とにかく上空でこのスピードはまったく寒くてかなわない。
 ドバイでもヤンゴンでもいいから、早いトコ地面に足をつけようぜ、と次元は心でぼやく。
 目の前には、山脈を越えた山深いシャン州の景色が広がっていた。

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2007.1.30




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