銭形警部の鬼イカせ!



 初秋のその日、銭形警部はウィーンでの会議を終えた後、次はジュネーブでの会議へと向かうところであった。
 彼とて、いつもルパン三世の足取りを追うばかりの職務に集中できるわけでもない。数ある会議や所用をこなすための時間も必要だった。当然、彼はそういった業務などできるかぎりごめんこうむりたいと考えてはいるが、さすがにそう言ってばかりもいられない。
 オーストリアも南部にさしかかった人気の少ない田舎町のガソリンスタンドで、彼は空を見上げながら、紫煙を吐いた。
「……クソッ」
 いまいましそうに吐き捨てるには理由があった。
 彼の乗ってきた公用車が、オーバーヒートをしたのだ。
「こんなポンコツよこしやがって」
 エンジンルームを開けて、思い切りタイヤを蹴飛ばした。
 警部がその古いシトロエンを壁際に寄せて停めている隣に、すぅっとシルバーのクーペが滑り込み、静かにエンジンを止めた。田舎町に似合わぬ、一見して最新モデルと思われるアストン・マーチンだ。運転席から降りてきたドライバーを見て、警部は、ほう、と声をもらした。細身のパンツスタイルに身を包んだ、若い女だった。サングラスごしにも、おそらく美しい女だろうことは伺える。彼女は手馴れたように、給油を開始する。大型のクーペが喰らうガソリンの量を見ると、彼女は相当な距離を走ってきたのだろう。
 ぴったりとしたパンツが包む位置の高い丸いヒップ、シャツの襟元から見える鎖骨のくぼみ、そして盛り上がった胸。
 目の保養をするくらい罰は当たるまいと、警部はまず自分と関わることのないだろう彼女を無遠慮に眺めた。
 給油を終え、キャップを閉める彼女がふと顔を上げた。
 警部を一瞥すると、興味なさそうに支払いをすませに行く。
 警部は苦笑いを浮かべる。
 当然だ。こんなところで出会いを期待するほど、初心ではない。
(だったら、見るくらい構わんだろうが)
 そう心でつぶやきながら、彼女の後ろ姿のヒップを眺めていた。
 しばし女の肢体を眺めることに集中していた彼は、シトロエンの隣で繰り返される、キュルルキュルルという不調な音によって現実に引き戻された。
 警部がエンジンを冷やすために車を停めた少し後にやってきた、これまた古いラーダ・ニーバだった。
「ロシアの車なんざ乗るからさ」
 警部は聞かせるともなく、日本語でつぶやいた。
 ラーダの持ち主は、エンジンをかけることをあきらめたのか、不快な音がしばらくやんだ。
 オーバーヒートをしたシトロエンにバッテリーが死んだラダー、そして最新のアストンという対照的な3台。
 どうやらそれぞれドライバーも車に相応のようで、ラーダの持ち主らしきむさくるしいスキンヘッドの男は苛立った様子で運転席から降りてくる。
 アストンの美女は支払いを済ませ、売店で買ってきたらしきミネラルウォーターのボトルを手にして運転席に乗り込んだ。
 このほこりっぽ田舎の憂鬱なガソリンスタンドから、順当に一抜けだな、とそれを尻目に警部が考えていると、思ってもみない出来事が起こった。
 ラーダのドライバーがアストンの助手席に乗り込んだのだ。
 警部は手にしていた煙草を落として、集中をした。
 ミラー越しに見える彼女の表情は、明らかに男と知り合いという風情ではなかった。
 そして、男の手には銃が見えた。
 決定的だ。
 警部の足が地面を蹴るのと、アストンのエンジンが始動するのは同時。
 警部の動きに迷いはなく、アストンが加速をする前に彼はアストンの天井にはりつくことに成功。
 当然、助手席に乗り込んだ男は窓から身を乗り出してくる。
「おい、てめえ、何なんだ、降りろ!」
 警部に銃を向けつつ、運転席に向かって怒鳴る。
「女! いいから、スピード上げろ!」
 銭形警部は帽子を押さえながら、ニヤリと笑う。
 経験上、男が小物であることはすぐに察した。
 ひるむ様子のない警部向けて、男が発砲するがそれは空を切るだけ。
 開いた窓から、女の叫び声が聞こえる。が、ドライビングは安定していた。
「淑女の車に勝手に乗り込んで銃を撃つもんじゃない」
 警部は男の銃を持った手をつかんで、そのまま窓から頭をつっこむ。
 さいわいクーペの助手席の窓は大きく、彼が入り込むには十分な大きさだった。
「……の野郎!」
「ちょっと、もう、何なの! やめてよ、もう!」
 女は車を走らせながら、絶叫する。
「車を停めて、降りて逃げろ!」
 助手席の男に馬乗りになる形で、銃を持つ手を押さえながら警部は女に指示をする。
「クソッ、車を止めるな!」
 女は困惑したように、二人のもみ合いを横目で見ながら車を走らせ続けた。
「……俺の言うことが聞けんのか! 早く降りて逃げろと言っとるだろうが!」
 警部は少々苛立ちながら女を睨みつけ、男を締め上げた。
「……そんな事言われても、この車借り物だし、高いのよ! 置いて逃げるわけにいかないわ!」
「馬鹿者! 命と車とどっちが大事だ!」
 警部が野太い声で怒鳴ると、すうっと車がスピードダウンする。
「……そうだ、わかればいい。早く車を降りて逃げろ」
 車は停まったが、彼女は車を出て行く様子はなかった。
「……その必要はないみたい」
 警部が自分の手元を見ると、頚動脈を締められた男はすでに落ちており、ぐでんと白目を剥いていた。

 気絶した男の手足を、ベルトとネクタイで縛りつけた上で後部座席に放り込み、今度は銭形警部がアストンの助手席に収まる。
 カーラジオからは、現金輸送車を狙い失敗をして捕まった一味のうち、一人だけ逃走を続けているという男のニュースが流れていた。
 峠を越えたところの小さな町の警察で、男を引き渡した。
 ネクタイとベルトのない少々しまらない格好のまま、警部が警察から出てくると女がアストンのドアにもたれて待っていた。
「……怖い思いをさせたな。怪我はなかったか?」
 彼が言うと、女は驚いたような顔をして見上げた。
 濃いブラウンの髪に、薄いブルーの瞳。サングラスを外した彼女は、想像通り美しかった。
「あなたこそ。擦り傷だらけじゃない」
「こんなもの、怪我のうちに入らん」
 スラックスがずり落ちないよう押さえたまま、そんなことを言う彼がおかしかったのか、女はくすりと笑った。笑顔は、存外屈託がなかった。
 ベルトくらい回収してきたら、という彼女の提案を受け入れた上で、警部は彼女とその町のパブで夕食を取った。
 彼女の名前はと言って、ザルツブルクからモナコを最新のアストンで走破し、カーテストの記事を書く仕事の最中だったらしい。
「会社が、メーカーからテスト用に借りた車だもの、おいそれと置いて逃げるわけにはいかなかったの」
「職務熱心なんだな」
 警部はあきれて、ビールを一口飲んだ。
「警部さんこそ。どうして、あんな風にすぐに助けにきてくれたの?」
 はテーブルごしに身を乗り出して、不思議そうに尋ねた。
「プロなんでね。見てりゃ、おかしな動きをする奴はすぐわかる」
 ビールのジョッキを置いて言うと、彼女はいたずらっぽく笑う。
「そうね、警部さん、ガソリンスタンドで私をじろじろ見ていたものね。あの時は、スケベそうなサエない中年男って、思ったわ。ごめんなさい」
 おかしそうに笑う彼女に、警部は気分を害した様子もなく肩をすくめて口角を上げてみせる。
「いいや、その通りで間違っちゃいない。俺はいい女の尻を眺めてはニヤける、どうしようもない刑事さ」
 そんな他愛ない話をしながらも、警部は彼女に、今回のカーテストは中止して帰国することをすすめた。というのは、捕まった男が接触した彼女を、男の仲間が何かの折に追跡してくる可能性がないとは言えないからだ。
 彼の提案を、は軽く却下した。
「そういうわけにいかないわ。それなりに予算をかけた企画だもの」
 言うことをきかない女だ、と警部は舌打ちをする。
「あ、ねえ、だったら」
 はまた身を乗り出した。クールな雰囲気の彼女だが、ふと愛らしい笑顔を見せるところが印象的だ。
「警部さんはジュネーブで会議なんでしょう? 私はモナコまで行くから、ミラノかトリノまで一緒に乗っていったらいいじゃない。そうしたら、私も安心だし。あのポンコツのシトロエンじゃジュネーブまでは無理よ」
「……よく見てるな」
「カーテストの仕事をしてるって言ったじゃない。それに警部さん、あそこから身一つで来たんでしょう?」
 警部はそう言われて、我に返った。



「すまんな、まさかこんなことになるとは……」
 パブの近くの宿の部屋で、居心地悪そうに警部はポケットに手をつっこんだまま、立ち尽くす。
「いいの、食事と宿は経費よ。一部屋分しか予算はないけれど」
 警部は、札入れを上着に入れたまま車に置いてきたことにさっき気がついたところだった。諸々の事情で、結局彼はトリノまで彼女と同行することになった。
「銃と手錠、警察手帳とパスポートだけは、肌身離さないんだが」
 言い訳がましくつぶやくが、彼女は気にしていないようだった。荷物を置くと、さっさとバスルームへ入っていく。
 
彼女と入れ替わりにシャワーを使った警部が部屋に戻ると、はベッドに横になって熱心にモバイルノートのキーボードを叩いていた。今日のテスト状況の記録なのだろう。最近の若い女というのは、今日のような危険な状況になっても仕事を優先するものなのか。
(若い女の考えとることなど、俺にはわからん)
 彼はクローゼットから毛布と枕を手にして、ソファに腰を下ろした。
 はやっと彼に気づいたように、顔を上げた。
「あ、ごめんなさい、もう終わるわ」
 そう言うとノートを閉じた。
「いや、続けてくれて構わない。俺は部屋が明るかろうが、暗かろうが、ぐっすり眠れる方なんでね」
 彼女は目を丸くする。
「警部さん、そこで寝るの?」
「ああ、目障りだったら車で寝てもいいが。風呂を借りただけで十分だ」
「……明日はまだ長旅よ。夜は冷えるわ、ベッドで寝ればいいじゃない。ここで」
「はあ? そこでか?」
「そんなところで寝られたらかえって落ち着かないわ」
 彼女はそう言うと、モバイルノートをバッグに仕舞い、ベッドにもぐりこんだ。
 警部は体を起こして困ったようにを見た。
 しばらくそのままでいて、ゆっくりベッドのほうに歩いた。
 彼女の隣に滑り込む。
 暖かかったし、ソファよりもはるかに寝心地がよかった。
 は安心したように布団に深くもぐりこむ。
 警部は彼女に背を向けながらも、当然ながら落ち着かない。 
 女とひとつ布団に入るなんざ、そういえば久しぶりのような気がする。

「ねえ、警部さん」

 背後から声がした。びくりとする。
「な、なんだ?」
「私、今日は……本当はすごく怖かった。殺されてしまうのかもと思ったし……警部さんがいて、助けてくれて、本当によかった」
 警部は体をずらして彼女のほうを見た。
 彼女のことを、警部は何も知らない。が、こういう事を言うのが、少し意外だった。
 は警部の方を向いて、長い睫毛を伏せる。
「……怖い思いをさせたな。本当は俺が、もっと早く、あの男のことに気づけばよかった。すまん」
「それは、しかたないわ」
 の手がそっと彼の胸に触れる。
「……おい、あんまり、近づくな。」
「どうして? 暖かいじゃない?」
「どうしてって、おいおい……俺は警察官だが、男だぞ?」
「知ってるわ」
「……あのなぁ……」
「私と寝てもいいと思ったから、ベッドに来てくれたんじゃないの?」
「ナニ?」
 警部はをじっと見る
「……からかうのもいい加減にしろ!」
 怒ったようにまた背を向けた。
 の吐息が耳にかかるのを感じた。
「からかってなんかいないでしょ。それとも自信ないの?」
!」
 警部は怒鳴って振り返った。
 はその声に驚いたように目を丸くして彼を見ている。
「……からかってなんかいないし……私、そう誰とでも寝る方でもないのよ。でもどうしてかわからないけど、怖かったりしたせいなのか……どうしてもあなたと温まりたいわ……」
 振り返った警部の胸に、彼女はそうっと体をあずけ、ため息をついた。
 その体は甘く温かく、彼自身に溶け込むようだった。
 抱きしめて髪をなでる。
「言っておくがなァ。俺ぁ、容赦ないぞ? やめておくなら今のうちだ」
「……何かマニアックな、痛い事でもするの?」
 は愛らしい顔で彼を見上げる。
「そういう趣味はない」
「じゃあ大丈夫」
「始めてから、途中でやめてくれなんていわれても聞かんぞ、俺は」
「する前から脅かさないで」
 笑いながらいうの唇を警部は自分のそれでふさいだ。
 キャミソールのストラップをするりと下ろし、その滑らかな体に指をすべらせる。

 のなめらかな体を、警部の指や唇が丁寧になぞってゆくと、そのたびにの声がもれる。白い身体はすっかりピンク色に蒸気していた。
「……あ……ん……警部さん、ちょっと、もう……っ」
 背骨から腰骨の辺りを、舌と指でゆっくり愛撫するその動きに体を大きく反応させながらは叫ぶ。
 たっぷりと時間をかけた前戯が続いていた。
「……警部さん、ひどいっ……」
 は涙ぐみながらシーツをつかむ。
「だから言ったろうが……」
 警部はの体に愛撫を続けながらつぶやく。彼女の素晴らしい肌触りと反応はどれだけ触れていても飽きなかった。
「俺はとことん調べないと気が済まないタチなんでね……」
 彼女の体で、もう彼が指や唇を触れていない場所はなかった。そしてその中で彼女が強い反応を示す場所をまた幾度も執拗に愛撫する。
「……職業意識高すぎよ。いくらなんでも、焦らしすぎだわ……んん……」
 は怒ったようにそれでも艶っぽい声で反応する。彼の愛撫に抗うことは、すでにあきらめたようだった。
「最初に調べておけば、次にするときに効率が良いだろう」
 警部はの髪をなでながら、ようやくその指を彼女の足の付け根にすべりこませた。はひときわ大きく声を上げる。
「……それも無粋な言い方ねっ……あ……だ、だめ……っ!」
 すでに十分熱くなっている彼女の中にそうっと指が侵入する。
「だから、だめだとかやめるとかはナシだと言っておいたはずだ。痛いコトをしてるわけじゃないだろう」
「だけど……っ、こんな……ひどい、私ばっかり…」
 奥の、彼女の感じる部分を探してゆっくりと指で刺激しながらその反応を警部は楽しむように見ていた。
「あっんっ……、ほんとに、だめっ、やめて……ああっ」
 は警部の肩をぎゅっと掴み、体をそらしてひゅっと息をのんだ。
 警部は指で彼女の強い収縮を感じながら抱きしめる。
「……ほんと、警部さんってひどい……。セックスって……一緒にあたたまって一緒に楽しむものでしょ? もう、どうしてこんな……私ばかり……」
 はうつむいて泣き出しそうな声で言う
 そんな彼女の顔を上げさせて、警部は唇を重ね、舌をからめた。
「何をいうか、俺だって熱くなっとるし楽しんどる」
 警部は満足そうに彼女を見た。
 は涙ぐんだ目で彼を見上げる。
「言っておくが、本当のお楽しみはこれからだ」
 右手で彼女の左足を持ち上げ、そこに腰をすべりこませた。
「あんっ…」
 まだ敏感なままの彼女の中にゆっくり深く入り込んでいく。たっぷりと潤ったその部分は、彼の侵入とともに生々しい音を立て、部屋に響いた。彼女の表情を見てやろうと覗き込むが、はぎゅうっと彼の首にしがみつき、その顔は見せなかった。
 奥まで入り込んでから、警部は大きくため息をついた。
「……一度のセックスで何度もイクのは平気な方か?」
 の耳元でささやく。
「……ストレートに無粋な事を聞くのね!」
 は驚いて顔を真っ赤にして言う。
「そういうのが嫌いな女もいるだろう」
「……あまりそういうの経験ないから、平気かどうかわからないわ……もう、変な人!」
「俺は女を何度もイカせるのが好きなんだが、女によっては疲れるから、たっぷり焦らしながらやってイクのは一度でいいというのもいる。アンタはどっちだ?」
 警部はゆっくりと腰を動かしながら再度尋ねた。
 は涙目で怒ったように警部のほほをつねる。
「もう! そんなこといちいち最中に聞いたりするから、モテないのよ!!……あなたの好きにして!こんな状況でそんな事聞かれても、答えられない!」
 警部はくっくっと笑いながらいとおしそうに彼女の頭を抱きしめる。
「………すまん、じゃあ好きにさせてもらう。嫌だったらそう言ってくれ」
 彼はゆっくりと腰を動かし続けた。
 前戯の激しさからすると、思いがけずに優しい動きで、それは更にを高めていった。しかもさきほど指で彼女の奥のどのあたりが敏感なのかは調査済みで、そこを的確に刺激してくる。
「……警部さん……あ……」
 すこし落ち着いたは彼にしがみつきながら、声をもらす。
「ねえ……」
「……なんだ?」
「……すごくいいわ。あなたに抱かれていると、安心するし、ほっとする……。んっ……ほんとに……すぐに……もう、イキそう…」
「俺はまだ一緒にいくわけにはいかないが、何度でもイカせてやる」
 ゆっくりだった動きを徐々にリズミカルにして、彼女の腰をぐいと押さえる。
 叫び声をあげて、あっけなくは二度目の絶頂に達した。
 息を荒くしながら、潤んだ目で警部を見上げた。
「……キスをして」
 警部は言うとおりにした。長い時間をかけて、舌をからめた。
「……ところでアンタはイッた後にすぐに始めるのは平気な方か?」
 は涙目のままくっくっと笑う
「もう、ほんとにヘンな人!」
 言って彼の髪をなでた。
「だめよ。少し、こうして休ませて」
「なんだ、そうか。やってみると、結構悪くないみたいだぞ、敏感なままで続けるのも。たまには試してみろ」
 警部が待ちきれないように、ゆっくり腰を動かすと、彼女は苦笑いをしながら警部の鼻をつまんだ。しかたない、というように警部は動きを止め彼女を抱きしめる。
 何度かキスを重ねた。
「せっかくこんなにセックスが上手なのに、そんな風に無粋だからモテないのよ警部さん」
「……まあ、そうだろうな」
 警部はつながったまま彼女を抱え上げ、座った自分の上にのせる形にする。
「こういう格好でするのは、嫌いじゃないか?」
「だから、いちいち聞かなくていいの!」
 は顔を赤くして言う。
「……あなたのことはなんだかとても信頼できるから……まかせて大丈夫って思うし……。こういうのは嫌だとか、こうして欲しいって……ちゃんと言うから……」
 そして恥ずかしそうにつけくわえた。
 警部は彼女を抱えたまま、ゆっくり腰を揺さぶり始める。は声を上げて彼にしがみつく。
「……今度はちょっとゆっくり楽しみたい……」
 耳元で小さくささやいた。
「わかった」
 警部は心得たとばかりに、腰を動かしながら彼女の体を愛撫した。
「あ……でも……」
「どうした?」
「あんまりにも……よくて、おかしくなってしまいそう……。ゆっくり楽しみたいけど……ギブアップって言ったら、許してね…」
「わかっとる、そのときはすぐにイカせてやる」
 は大きく息を吐きながらまた彼にしがみついた。
 二人はお互いの体にふれあい、幾度も唇をかさねがら交わり続けた。警部は、腰から下腹にとろけるような甘さが広がる快感に身をゆだねる。
 部屋にはのあえぎ声がひびく。最初は声を出すのもためらっていた彼女だが、もうすっかりあきらめたようだった。
 警部の動きは非常に絶妙で、が高まって絶頂に近づくと、ふっと動きを浅くし、髪をなでたり背中を愛撫したりをする。そのたび、は身をよじる。
「……頑張ってるじゃねえか?」
 警部がにやりと笑って言うと、彼女は吐息をもらした。
「ばか……」
 は警部の耳を軽く噛む。
「まだ……いいの?」
「うん? なにがだ?」
「その……あなたは……」
 息も絶え絶えにはささやく。
「……俺か? ああ最高に気持ちがいい……。俺はまだ……いい……。まだアンタを何度かイカせたい」
「ヘンな人っ……んっ……」
「よがってるいい女を見るのが嫌いな男など、おらんだろうが。うん……そろそろか……?」
 は涙ぐんで何も言えない。
 警部は彼女の腰と背中を支えて、小刻みに激しく腰をゆすった。
 彼女は大きく声を上げて彼に強くしがみついた後、力が抜ける。
 力が抜けた彼女をぎゅっと抱きしめる。
「……大丈夫か? もう……やめるか?」
 警部は少し心配そうに彼女をのぞきこむ。
「もう。ちゃんと自分で言うって言ったでしょ」
 そっと彼にくちづける。
「……こういうの……初めてだから、ちょっとびっくりしてるだけ。……まだまだ……よくしてくれるんでしょ?」
「あたりまえだ。まだ、これからだ」
 彼女を抱えたまま、自分はベッドに仰向けに横たわった。
「……上になるのは、構わんか?」
「だから……そんなこと、いちいち聞かないで!って言ったでしょ!」
 はまた顔を赤くして怒鳴る。
「……あまり大きな声を出すな。……締まってきて、よくなるじゃねえか。」
「いちいちなんでも聞いてくるのって、あなたのクセなの?」
 は警部の上で、体をゆっくり倒しながら言う。
「……そうだな、そうかもしれないな。効率が良いだろう? 先にどうやったら感じるかを全部調べてから、事に及ぶ。その際の好みを確認しておく。お互いに嫌な思いをせずにすむ」
「……恋人とはいつもそんなふう?」
「……そう呼べる女と寝たことなど、もうほとんど記憶にないな」
「私は……あなたの恋人ではないけれど……恋人だったら、きっとこんな風にいちいち聞かれるの、イヤだわ」
「そうか?」
「警部さんのセックスはすごく気持ちいいけれど……ムードがないのよ! 愛されてるっていう感じの!」
 警部は目を丸くして、自分の上に覆いかぶさっている美しい女を見上げた。
「…私もよくわからないけど…セックスフレンドとかだったら、こういうふうに効率的にすすめてゆくのもいいかもしれない。でも、恋人だったら、ちょっと違うかな……」
「そうか……こういう場合、俺はどうしたらいい?」
 は体を起こす。
「自分で考えて」
 そしてゆっくりと腰を前後に動かし始めた。
「おいっ……」
 いきなりの動きに思わず警部も声を上げる。も切なそうな顔で体をよじった。
 は警部の肩に両手を置いて、腰を動かし続ける。
 警部は彼女の腰や胸に指をはわせるが、彼女のペースに時に体をびくりと反らせる。
「お、おい……やばい、イッちまうだろうが……」
「いいじゃないの、だって、私ばかり……んんん…」
 の方もかなり高まった様子で、腰の動きが早くなった。
 警部の息遣いが荒くなってきた。下腹に電気が走るような感覚。
「おい、こら!!」
 警部は体を浮かせて両手でのヒップをぐいと掴んだ。うめき声がもれる。
 自分の拍動に合わせるように、の収縮が彼自身を包んでいった。
「……まいった」
 大きく息を吐いて、崩れ落ちるを抱きとめた。
 どれだけ二人でそうしていただろう。がゆっくり起き上がって後始末をする。
 肩が冷えたのか、またするりと布団に入ってきた。
「……恋人のセックス、というのとは、かなり違うのか? 俺のは」
 警部はどうもひっかかるようで、またに尋ねる。
 は暖をとろうと、彼の腕の中にするりと入ってきた。
「気になるの? 別に恋人の、っていうんじゃなくても、丁寧だし上手だし言うことない。とてもよかったし、感じたわ」
「……あんたが今まで自分の恋人としてきたのと、違うってことか?」
「こだわるのねぇ。……誰と誰とを比べるっていうわけじゃないけど……私……今まで、その時その時の恋人以外の人と寝たことがなかったの。多分、今まで寝た誰よりも、警部さんは上手だと思うわ。だけど……確かに、恋人のセックスじゃないわね。なんていうんだろう……とにかくお互いが気持ちよくなるためのプレイって感じ……」
「セックスってなぁ、そういうもんだろうが、普通」
「……だから、別に警部さんのやりかたはそれはそれで、いいと思うって言ってるじゃない」
「じゃあ、何が問題だと思ってるんだ?」
 執拗に警部はつめよった。
「問題だなんて言ってないじゃない……」
 は困ったように警部を見上げる。
「ねえ、警部さんは恋をしたりするの?」
「はあ? さあな、このところ、そんなことなど考えたことがない」
 彼がそんな風に即答すると、はくくくと笑った。
「そうよね。だったら、やっぱりそういうのわからないと思う」
 はあくびをしてまた警部の胸に顔をうずめた。
「でも警部さんに抱かれるのはとても好きになったわ……。優しいし、丁寧だし、安心できるし、すごくイイし……。おやすみなさい」
 はそのまま彼の腕の中で寝息を立て始めた。
 警部は妙な気持ちで彼女を抱きながら目を閉じた。


 警部が目を覚ますと、ベッドの中のはすでに姿を消していて、外からはエンジン音が聞こえた。
 シャツを着ながら窓の外を見ると、も彼の方を見上げた。
「ここの朝食はまずそうよ。早く出て、ちょっとマシなものを食べましょう」
「ああ、一本だけ煙草を吸わせてくれ。そうしたら、すぐ行く」
 一服した後に、仕度をして階下に降り、アストン・マーチンの助手席に座った。
「……今日は運転してくれる?」
「ああ、構わない」
 言われて運転席に移った。
「……体調でも悪いのか?」
「ううん、なんだか……落ち着かないだけ」
「落ち着かない?」
 は助手席で上着を肩にかけ、ミネラルウォーターを飲んだ。
「……夕べの俺とのこと、後悔してるのか?」
 警部はハンドブレーキを下ろして車を発進させた。
 は驚いたような顔で彼を見る。
「後悔? なんでそう思うの?」
「いや……俺みたいな男とその……」
「……俺みたいな男って? 警部さんは自分で自分をダメな男だとか思っているの?」
「いや、そうは思ってないが……若い女にモテる方ではないな」
「モテる男がいいってわけじゃないでしょ。後悔してるとかじゃないけど……なんか……妙に照れくさいだけ」
「スケベそうなサエない中年男に、4回もイカされたからか?」
 言うと、思い切り肘で小突かれた。
 はボトルのキャップをきゅっと閉めて、窓の外を見た。
 そんな彼女を、警部は運転しながらチラチラとのぞきこむ。
「……なんで俺と寝ようと思った?」
「うん?……なんでかしら……。昨日なんだか怖い目にあって…心細くなって…寒かったし。なんだか、頼りたくなってしまったのかな。あなたに抱かれたら、きっとこの先安心して旅をしていけるって思って。ずるいわね、私。そういうの、傷つく?」
「いや、俺は別に……。そりゃ俺だって、いい女を抱いて暖かな夜を過ごすのは、悪い気分じゃない。ただ……たしかに、一晩経つと妙な気分だな」
「でしょう? その……なんていうのかしら、一度寝たら、もっと割り切って気遣いなくいれるかと思ったんだけど。なんだか変なかんじ」
 は何度もペットボトルのキャップを閉めたり開けたりしながらつぶやいた。
 警部も、彼女の言わんとすることはわかる気がした。
 なんていうのだろう、こういう感じ。
 普段の、なじみの商売女との恋愛関係でもないが気のおけない、気楽な感じ。恋人といえるような相手を持つ習慣のない彼にとって、女との関係というのは大体がそういう感じだ。だから、ああいうセックスをする習慣になっていた。
 を抱くことにして、多分彼女ともそういう気軽な気遣いない関係になるのだろうと思った。
 しかし、なんだかどうにも。
 セックスをした後に、しかも素晴らしい充実したセックスをした後に、その相手と顔を合わせて照れくさいような気まずいような思いになるなんて、初めての事だった。
 照れるとか、そういう歳でもあるまいに。
 車を走らせながら、ちらちらと助手席の美しい女を見ながら考える。
 昨夜、彼の体の上で身をよじらせる、艶っぽい表情が蘇った。
 今日一日走りつづけ、たどり着くいた町の宿で、多分今夜も彼女を抱きたくなるだろう。
 だけれど、その時にどうやったらいいのか、何て言ったらいいのか、それはわからなかった。


 イタリア北部に入ったあたりで、この日の行程は終了。
 宿の部屋でシャワーをすませて部屋に戻ると、はベッドで地図を広げていた。
 長い茶色の髪がふんわりと広がっている。
「明日通るルートは結構険しそうね。パンクしないといいけど」
「そうだな」
 言って警部はビールを飲んだ。
 ビールを飲みながらうろうろと落ち着かない彼を、は見上げる。
「どうしたの?……ベッドに、入ったら?」
「ああ……そうか」
 警部はバスタオルを椅子の背にひっかけると、彼女の隣にもぐりこんだ。
 細い足が温かかった。
 なんだろう。
 昨日、彼女を抱くことにしたとき、正直なところ何の気負いがあったわけでもないし、多分彼女もそうだっただろう。
 昼間もそうだが、なぜ、こんなに落ち着かないのだろう。
 言うまでもなく彼は女を喜ばせる事にかけては自信がある。今夜も、彼女を抱けば満足させられることだろう。
 だけれどなぜだか、若い頃好きな女を前にして慣れないセックスをした時の気持ちを思い出した。あの、落ち着かない感じ。気持ちは高ぶるのに、なぜか不安がつきまとう。
 隣では地図をたたんで、布団にもぐりこんだ。
 細い肩が冷たそうだ。そっと布団をかけ、そこに口付ける。
「……抱いても良いか?」
 はじっと彼を見た。
「……イヤなら別にかまわない」
 何も言わない無表情な彼女に、ああ結局また自分は余計な事を言ったんだなと少し後悔し、つけくわえた。
 はその手を、彼の頬にそうっとあてた。
「あなた、傷つくのがこわいのね」
「はあ?」
 警部は意味がわからなくて聞き返した。
 は悲しそうな顔で彼を見る。
「だからなんでもかんでも、前もって聞いて、確認して、調べて、しようとするのね?」
 言って髪をなでた。
「いや、それはただの習慣だ。別にいまさら傷つくもなにも……」
「だって、もし私がその気じゃなくても、あなたが私を抱きたかったらその気にさせたらいいじゃない。やってみてそうできなかったときに、傷つくのがイヤだから、抱いていいかなんて聞くんでしょ? 紳士のふりをして」
 警部は何も言えなかった。
「どうやるのがいいかなんて聞くのも、やってみてイヤって言われるのが、こわいからじゃないの?」
 言って、息をついて目を伏せた。
「……生意気なこと言ってごめんなさい。なんか、今日、そんなふうに考えてしまってたの」
 自分の頬からすうっと離れていくその手を、警部はぐっとつかまえる。
 彼女を抱き寄せて、唇を合わせた。
 唇を割って絡める舌。自分のそれを受け入れる彼女の温かさ。
 指を、昨日十分すぎるほど確認した彼女の敏感な部分にすうっと触れてゆく。何も言わなくても彼女が自分に体を開くのがわかった。
 その夜は互いに甘い声をもらす以外に何も言う事もなく、それでいて、もどかしいこともなく、甘い交わりを終えた。

 軽くシャワーをあびてベッドに戻ってきたは、警部の腕にすべりこむ。
「……私も……」
 久しぶりに言葉を発したような気がした。
「あんなことを言ったけれど、本当はこわいのよ。」
「こわい?」
 警部は腕の中の彼女をあらためて見つめた。
「……例えば……あなたを好きになったとして、それでも、違うって、言われたりすること」
 は彼を見上げた。
「誰だって傷つくのはこわいわ」
 大きく息を吸って、警部の胸に手を触れた。
「だから……昨日、あんなふうに抱かれて、ちょっとびっくりしたのよ。ごめんなさい、わがままを言って」
 くすっと笑って恥ずかしそうに顔をふせた。
 警部は彼女の少し濡れた髪をなで、抱きしめる。耳元に口をよせた。
 が、何を言っていいのかわからない。
「……俺は……本当にわからんのだ。アンタをどうやって抱けばいいのか。俺のやりかたでいいのか、アンタをがっかりさせやしないか、嫌な思いをさせたりしないか……。どうしたらいいのか、本当に、わからん……。俺は銃撃戦もなにも怖いものなどありゃしないが……今夜もう一度アンタを抱こうとして、もしも嫌だと言われたら……堪えたろうな……」
「……私がどう思っていると、感じた?」
 言われて警部は、今日彼の腕の中で甘い声をかみ殺していたの表情を思い返した。
「……わからん」
 思わずひとこと。くっくっとは笑う。
「鈍い人ね。そうやって、どうなんだろうって思いながら優しく抱いてくれるのは……とても気持ちよかった。多分、私はあなたが好きよ。だから今日はまるで恋人とのセックスみたいで、とても嬉しかったわ。昨夜よりも、ずっと感じて、気持ちよかった……」
 言っては耳元に口付ける。
「……もう一度抱いて、よくしてくれる? できたら、でいいけど」
 警部は彼女の上に覆い被さった。
「歳だからといって、バカにするな」
 くっくっと笑いながらは彼の愛撫を受けた。
 トリノまでの道のりがもっと続けばいい、などと一瞬感じた自分に、警部は驚いた。




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