DIVA(9)



ガヤルドが到着したのは意外なことに都心部のビジネス街だった。SSKをつかずはなれずさせながら、ヒューストン重工のビルの前に来る。SSKはすぐ後ろまで来ていた。は少しずつ自由がきくようになった体を窓から乗り出して後ろを見る。SSKの助手席で銃をかまえている次元が見えた。
「次元・・・!」
思わず叫ぶ。確かに次元と目が合ったような気がした。彼は相変わらず帽子をかぶったまま、でも真剣な顔でを見ていた。
車が少しずつスピードを落とす。なんとか車外に出られないかと思うが、ロックされたままだ。でも停車さえすればなんとかなる・・・・。そんなの希望もむなしく、車は停車させる事もなく、厚い鉄の塀の一部が開き、中にすべりこんだ。の視界に残ったのは、鉄の塀の向こうに消えてゆく次元のまなざし。
は息をついてガヤルドの中に体を沈めた。
「なんだ、あんたは次元といい仲なのか?」
「そんな訳じゃないわ。」
コヨーテはまたあの嫌な笑いを浮かべる。
「まあ、良い。どうせすぐにわかることだ。」
「・・・・・なぜヒューストン重工に?」
「あんたには関係のないことだ。」
コヨーテは言い放つ。が、にも簡単に予想はついた。ルパンの言っていたリーブスという組織。おそらくこの、製鉄から乗用車、ヘリコプター、そして武器類のシェアも占めているヒューストン重工と関わりが深いのだろう。
ふと、背後で重い大きな音がする。
コヨーテもも驚いて振り返る。
鉄の塀がぱっくりと割れていた。その向こうには刀を構えた五右衛門とSSK。五右衛門の刀で塀を斬り開いたのだ。
「なっ・・・・!」
コヨーテは舌打ちをしてガヤルドの運転席から出て、も引きずり出した。
「来い!」
内ポケットから無線を出す。
「侵入者が3人いる。侵入を阻止しろ。殺さない程度に痛めつけてもかまわない。」
静かに指示を出した。同時に周りから黒い服の男達がいかにも物騒な武器を持ってどこからともなく現れ、走り出した。
は背中に銃をつきつけられエレベータに乗せられる。
「くっくっ。ほらな。奴らはあんたを助けに来ただろう?ここまで侵入されるのは計算外だがな。」
は何も言わない。エレベータは最上階で止まった。
明らかに社用のものとは異なる雰囲気の廊下を歩かされる。
「入れ。」
ドアの前で止まる。ノブに手をかけるか悩んでいると、ぎいっとドアがあいた。銃を押し当てられて、は部屋に入る。
中には白髪交じりの初老の、しかしやけにエネルギーにあふれた男が座っていた。
「ライザー様、連れてまいりました。」
「やあ、。ドラゴンの娘だな。よく来た。」
男は、にやっと笑って言った。何を考えているんだかわからない、人生を長く重ねてきた者に特有の毒々しい笑いだった。
「ドラゴン・・・・?」
は問い返す。
「お前の父親のコードネームさ。藤宮竜雪のな。」
ははっとする。それは正確に父親の名前だった。
「お前の父親が持ち出したファイルはどこにある?」
「知らないわ。父があなた達と関係していたことすら、知らなかったのだもの。」
の目はライザーと呼ばれた男のジャケットに付いている楓のシンボルのバッジを見た。確かに、父の銃の台尻についていたマークと同じだ。
「大体、何十年も前になくなったものを、なぜ今頃探しているの?」
ライザーはくっと笑った。
「落ち着いた質問をするんだな。お前には関係ない、といいたいところだが。知っているかもしれないが、私の探しているファイルにはいわゆる、以前に我が組織と深い関係にあった者のリストが載っている。彼らは今や、政界や財界の大物だ。そのファイルの価値は当時よりも今の方がある。我々はそのファイルを取り戻す事で、彼らとの関係を強固なものにする。つまり、我々の力は裏の世界だけでなく、表の世界でも大いなる影響力をもつようになるという事だ。」
は聞いて息を大きくついた。
「ステファニーを殺したのはなぜ?」
「最初はあの女がファイルを持っていると思っていた。ファイルの在処を吐くように痛めつけていったよ。場末のばばあなんかにゃ、どうでも良いことのはずなのに吐きゃしねえ。こっちがとどめを刺す前に、心臓がいかれちまったみたいだったぜ。」
コヨーテがひややかに言う。の目がきっと燃え上がる。
「でもまあ、あのばばあは無駄死にだな。」
コヨーテはくっくっと笑った。
「あとであのばばあのノートを見て、わかったよ。なんであのばばあが口を割らなかったか。ドラゴンからの預かり物はあんたに渡してあると、記録されていたよ。あのばばあは、俺達の手があんたに及ばないようにと、黙って逝ったんだろうよ。」
は目を見開いた。そうか、ステファニーが自分にまったく関係ないファイルを守ろうとしたのは、すなわちそれを持っていたを守ろうとしたからなのか。は目の前の男達への怒りも一瞬忘れ、手錠をかけられている手をぐっと握りしめた。
「もう一度聞く。ファイルはどこにあるのかね?あのファイルはきみが持っていても何の価値があるものではないし、私たちに渡したからと言って、きみが何らかの被害を被るというものではないのだよ?」
「何度も言っているけど、知らないものは知らないわ。それに私に被害はないですって?あなた達が影響力を持つようになった世界が住みやすいとは思わないし、第一用なしになった私が無事帰れるとは思えないんだけど。」
は落ち着いた声で言う。
「・・・・・・ほう。なかなか面白い答えじゃないか。けど、利口とは言い難いな。」
ライザーはぐいっとに近寄る。
「君のような歌姫は殺すには惜しいし、非常に私の好みだ。私のコレクションに加えたいと思っているのだよ。私の庇護を受けて、余裕をもったアーティストとしての生活ができるとしても、メリットはないと言えるのか?」
はくっと笑ってため息をつく。
「思えるわけないじゃない。あなたは若い女が好きでしょうけど、私は年寄りは好みじゃないの。」
ライザーはきっと表情を変え、またに一歩近寄った。
「そうか、試しても見ずに判断するのは早いぞ。」
ぐっと、のスラックスのボタンに手をかけた。
と、部屋のドアの外から煙りがもれてくるのが目についた。
「・・・・・おい、コヨーテ、何だ?火災か?」
「見てきます。」
コヨーテがドアに向かおうとすると。ドアがばんっと開いた。次元、ルパン、そして五右衛門の3人が立っていた。
「ちょっとオッサンには若すぎるんじゃないの?そのお嬢さんじゃ。」
ルパンがにやっと笑って言う。はライザーの手をふりほどいて必死で振り返った。
しかしライザーは表情を変えなかった。
「コヨーテ!」
言うとコヨーテはさっとライザーの傍らに寄り、ルパンたちが息をつくまもなく、達の周りを硝子のようなものが円柱状に囲んだ。次元があわててその硝子状の筒に向けて発砲するが、ひびひとつ入らない。その円柱に囲まれた中身はあっというまにエレベーターのように上に上がっていった。
「次元!」
は思わず叫ぶ。外からの音は聞こえなかったが、次元の口が、自分の名前を呼ぶのが聞こえるような気がした。少し前までは、早くここから脱出してルパン達の元に戻りたいと思っていたけれど、どうもこの男達は恐ろしい。次元達に、もう自分を放って置いてあのペンダントを持って退却して欲しいと、思うようになった。彼らが傷つけられるのを見るのは忍びない。3人のために歌を歌った夜。ほんの夕べの事なのに、だいぶ昔の幸せな思い出のように頭に浮かんだ。

エレベータの着いた所はビルの屋上だった。兵器を作っている会社だけあって、屋上には重厚なヘリやら武器やらが装備してあった。
「コヨーテ、とりあえずヘリを出せ。この女をもう少し締め上げて、それから体勢をととのえてあの男達を調べよう。」
「わかりました。」
をヘリに放り込み、待機していたパイロットに離陸させた。高性能のヘリはあっというまに高度をかせぐ。
安定高度に入ったら、コヨーテはばんっとドアを開ける。轟音とともに強烈な風が入ってきた。コヨーテはを床に倒し、上半身をドアから乗り出させた。
「どうだ?上空3000mだ。パラシュートもなしに落ちたらひとたまりもないぜ。ファイルはどこにある?」
「・・・・・知らないわ。」
ばんっとの顔を平手打ちする。
「下手に出てりゃ、つけあがりやがって。お前をどうやって痛めつけてやるか、考えるだけでぞくぞくするよ。次元の目の前でレイプしたあげく、奴を殺してやろうか。」
「あなたって、本当に趣味悪いのね。」
コヨーテは再度平手打ちをよこす。
「おい、コヨーテ。あまり傷はつけるな。せっかくの芸術品だ。」
「・・・・・・わかりました。」
ちっと舌打ちをしてコヨーテは再度に向き直る。
と、たちのヘリの少し下を、もう一機ヘリが飛んでいるのに気付いた。ルパンたちだった。屋上のヘリを奪ってきたのだ。
「・・・・・奴ら・・・・!」
「ここまで追ってきたか・・・。丁度良い。奴らにファイルの在処を尋ねてみろ。ちょうど女もにぎってる。」
コヨーテはを抑えたまま、外に向かって銃をかまえた。
コヨーテが口を開く前に、ルパンが叫んだ。
「ファイルは俺が持っている!!女と交換だ。安全なところに降ろして女を放せ。」
ルパンはジェンセンのペンダントを差し出して二人に向かって言った。ライザーはにやっと笑う。
「ふふ、やはり女をさらってきた甲斐はあったな。コヨーテ、ファイルを手に入れてこい。」
「・・・・・・わかりました。手段は問いませんね?」
「ああ、もちろん。」
コヨーテは身を乗り出している次元に向けて発砲した。
ははっとコヨーテを見る。
「ライザー様、あの男だけは先に始末させてください。ちょいと因縁のある男でね。ファイルの交渉は、残りの二人がいれば用は足りるはず。」
「・・・・・しようのない男だな。かまわん、目的さえ達すればな。」
にっと口の端をあげてコヨーテは再度発砲する。次元は、がいるからかこちらには発砲できないようだ。は身をよじってルパンたちのヘリをみた。次元の肩にコヨーテの弾丸がかすって血が噴き出すのが見えた。
「・・・・・・・次元!!」
の目にその鮮血は焼き付いた。ステファニーの死体が頭をよぎる。手錠をかけられた両手でコヨーテの胸ぐらをつかみ、自由になる足で思い切りヘリの床を蹴った。
「何をする、うわ・・・・!」
二人はそのままヘリから落ちてゆく。

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