DIVA(8)



が目を覚ましたのはもう朝だった。はっと隣を見ると次元がまだ眠っていた。あれから幾度も体を重ね、眠りについたのは明け方だったように思う。
体を半分起こして、次元の寝顔を見た。本当に眠っている。この男でも眠るのだな、と妙なところで感心してしまう。じっと見ていると、ぴくりと瞼が動く。ゆっくりその目が開いての目を捉えた。
次元はふっと窓の方を見てから、またを見た。ベッドの上に流れ落ちているの髪に触れる。
「・・・・・・髪を触るのが好きなの?」
「そういう訳じゃねえが、あんたの髪は柔らかくて触り心地が良い。」
 ゆっくり彼女を抱き寄せ、口づけをする。唇を離しても、彼女を抱き寄せた手は離さなかった。
「・・・・・・・・もう朝よ・・・・。」
彼女の体を愛撫しはじめる次元に、少し戸惑いながらはささやく。
「だから、何だ・・・・・イヤか・・・?」
は返事をするかわりに、少しうつむいて額をぎゅっと次元の胸に押し当てた。それをOKのサインと受け取って、次元は愛撫を続ける。一晩で、という楽器の鳴らしかたは十分すぎるほど分かったようだ。そして彼女がどう扱われるのが好きなのかも。的確で丁寧で優しい愛撫は、まだ迷いを感じていたを、あっというまに次元のペースに引き込んだ。
朝の情事を終えてがシャワーを浴びているあいだに、次元は先に階下に降りたようだ。は昨日のうちにルパンが用意してくれた服を身につける。黒のスラックスにTシャツ、ジャケット。シンプルだけど趣味の良いものだ。下着までサイズはぴったりで、やはり彼は相当に女慣れしているのだろうな、と可笑しくなってしまう。
人の気配のするリビングに行くと、すでにルパンと五右衛門が食事を取っていた。次元はなぜか機嫌悪そうな風にして新聞を広げていた。
「よお、おはよう」
ルパンがコーヒーをそそぎながら言う。
「おはよう。服、ぴったりだったわ。ありがとう。」
は自分もカップを取ってコーヒーをいただく。
「よく似合ってるぜ。ところで夕べはよく眠れたかい?」
 ルパンは訳知り顔でにやっと笑う。
「ええ、まあね。」
この男は多分、昨夜次元が彼女の部屋ですごした事などお見通しなのだろう。はくすっと笑う。きっと彼女のいないところで、次元をからかうに違いない。そのときの次元の顔を想像すると可笑しくなってくる。
ははっと昨日のステファニーの部屋での事を思い出した。
「昨日、言わなくてはと思ったのだけど、コヨーテという男の事は話したわね?」
「ああ、次元に因縁のある野郎だろ?」
「彼は言ったわ・・・・・。私がファイルの在処を知っているはずだと。」
「あんたが知っているって?」
ルパンは考え込みながら返す。
「・・・・・・何か心当たりはあるのか?」
五右衛門が言う。
「わからないわ。私はそんな話聞いたこともないし、ファイルのような物なんか預かった覚えもないし・・・・。ただ、昨日、私が探しに行ったステファニーのノート類。人から預かった品やなんかの記録が、一式なくなっていたのよ。
もし彼らがそれを見て、私が知っていると確信したのなら、それは正しいのだと思うわ・・・・。」
は自分の手をみつめながら言う。
「どうするよ、の家を家捜しにでも行くか?」
次元は銃の手入れをしながら、ルパンに言う。
「そうさな?。しかし何か手がかりがないことには・・・・。」
次元は手早く銃を組み立て直し、グリスをかけて拭きあげた。はソファに腰掛けてその銃を見つめる。
次元は次には約束通りのペンダントの修理にかかった。
「次元、あなたの銃には印がないのね?」
「は?印?」
次元は聞き返す。
「台尻の所のマークよ。楓みたいなの。大抵の銃にはついてるんじゃないの?」
「楓のマーク?」
「だって、私が父に教わった時に使った銃にも、昨日会ったコヨーテという男の銃にも、ついていたわ。」
「・・・・・楓だって!?」
ルパンが声を上げて立ち上がる。
「それは、もしかすっと、こういう奴かい?。」
ルパンがメモを取りだして、さらさらと絵を描く。シンプルな葉のシンボルだ。
「ええ、そう。何か銃の、JISみたいな物かと思っていたのだけど、違うの?」
「・・・・・・これは、リーブスのマークさ。」
ルパンは真剣な顔で言う。次元はふと手を止めた。五右衛門もソファの上で禅を組んでいたものの、はっと目をあける。
「リーブスの?父の銃にこのマークが入っていたっていう事は・・・・?」
「・・・・・・・おそらく、あんたの父親がリーブスファイルを持ち出した本人なんだろう。」
「父が・・・・?」
次元はぐっと一度置いた銃を引き寄せる。カツンッと鋭い音がした。次元の動きでのペンダントトップが床に落ちたのだ。
「あっ・・・・、大事に扱ってって言ったじゃない!」
が言うとあわてて次元はそれを拾う。
「ん・・・・?」
次元は拾ったトップをじっと見る。
「これは写真を入れるようになってるやつなのか?」
「ええ?違うわ。ジェンセンのイヤーペンダントでそんなモデルはないわよ。」
「次元、みせてみろ。」
ルパンがトップを受け取って見る。かすかに、石と台座の間に隙間が出来ていた。落ちた衝撃で浮いたようだ。次元の工具でそっとそこを開く。ぽろりと何かが出てきた。
「・・・・・・・こりゃ、マイクロフィルムだぜ?」
ルパンがその指でつまんだ16mmの小さなフィルムに注目した後、4人は顔を見合わせる。
「ってこたぁ、こいつは・・・。」
次元が言いかけると同時に、地面が揺れるのを感じた。
「なんだ、こりゃ?」
次には爆音がして、アジトの壁が崩れ落ち、煙が舞う。
「うわ!」
3人の男はそれぞれ得物を手にするが、いかんせん視界が悪い。一体何がおこったのか。は何かにつかまろうとするが、周りが見えない。いつのまにか、自分が次元を探している事に気付く。誰かが肩をつかむ。はっとするが、それが次元でないことは感覚で分かった。両手が後ろで拘束されるのに気付いた時は遅かった。肩胛骨の辺りを突かれる。とともに、体に力が入らなくなりは何者かに抱えられ、庭に連れ出される。
「次元!!」
思わず叫ぶ。
庭に出て、を抱えている人物は一旦足を止める。予想通り、コヨーテだった。を見てにやりと笑い、後ろを振り返った。
!」
の声を追って出てきた次元が叫ぶ。ルパンと五右衛門も続いてきた。
「コヨーテ、てめえ!俺の前に現れた事を後悔するぜ、生かしちゃおかねえ!」
コヨーテは高らかに笑う。
「あいかわらず勢いだけは良いな、次元。女はもらって行く。せいぜい吠えてな。」
コヨーテは庭に待機させていた黄色いガヤルドにを放り込み、発進させる。狭い助手席にほうりこまれた後も、はさきほどの砂埃でまだせき込んでいた。
「・・・・・・あなた、父を知っているのね。」
声を絞り出して言った。
「ああ、間接的にだがな。あんたの親父が使うのと同じ技だろう?」
の鎖骨を突くまねをした。
「・・・・・・・。私をどうするつもり?」
「そうだな。まずはファイルの在処を吐かせる。もし次元たちが既にファイルを手にしているのなら、取引材料にする。まあそんなところだな。そして、美しいあんたをどんな風にして味わってやろうかというのは、まだ考え中だ。」
言ってにやりと笑う。
「・・・・・・良い趣味とは言えないわね。第一、私で取引材料になるのかしら。」
「おめでたい女だな。見てみな。」
コヨーテはバックミラーをさす。ルパン達のSSKが写っていた。
「俺が引いてやってるってのを知ってか知らずか、ばっちり食いついて来てるじゃねえか。」
くっくっと笑う。
「もっとも追ってきたとしても、最後までついてくる事はできやしねえがな。」
 コヨーテはガヤルドのアクセルを踏み込んだ。

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