DIVA(7)



も部屋に案内され、そこでいつものように長い時間かけて入浴をした。浴室を出てこれまたいつものようにミネラルウォーターを飲みながら、今日ステファニーの部屋で会った男の事を考えた。あの男はがファイルを知っていると言った。なぜ、そんな風に思っているのだろう。
 バスローブのまま水を飲んでいるとドアがノックされる音が聞こえた。返事をする前に、ドアが開いてそこには次元がいた。ドアは開けるけれど、入ってはこない。
「どうぞ?」
 言うとやっと入ってきた。まだ、スーツのままだ。
「・・・・・どうかしたの?」
 はベッドに腰掛けながら穏やかに尋ねた。
「いや、今日の歌だが、五右衛門におぼろ月夜、ルパンにハバネラはわかるが、なんで俺にアヴェ・マリアなんだ?」
 次元は尋ねながらの隣に座った。はきょとんとして彼を見る。
「・・・・・・・それが気になって、来たの?」
「まあな。」
 はくすっと笑う。
「なんだか、あなたはとてもストイックなようでロマンチストな感じがするからよ。」
「しょっちゅう耳にする歌だが、あんたがああやって歌うと、神を口説こうとしてるみてえだな。」
「・・・・・わかる?そういう風に唄ってるから。」
 次元もくっと笑った。
「それとな、なんでルパンと五右衛門には“さん”がついて俺は呼び捨てなんだ?」
 がルパンと五右衛門を呼ぶときは日本風に日本語で「さん」をつけていた。
「ああ、それはね。次元は、ジ・ゲンという音がね、なんだかクールで好きなのよ。だから。気に入らないのなら、ちゃんと日本風に敬称をつけるわ。」
 はさらりと答える。
「別にいいけどよ。」
 次元もさらりと答える。気にしてるんだか、気にしてないんだか、相変わらずわからない。
「ねえ、次元。聞いても、いい?」
 が改まって言う。
「何だ?」
「今日、ステファニーの部屋で会ったあの男。知っているんでしょう?」
「・・・・・ああ。」
 次元はふっと声のトーンを落とす。表情は見えないけれど、険しい顔をしていることはうかがい知れた。
「あいつ、コヨーテは、俺がルパンと知り合う前に一度一緒に仕事をした奴だ。その頃はまだケチなコソドロでな。奴とあと5人ほどでカジノを狙ったよ。が、土壇場で奴は裏切りやがった。俺以外の奴は全員殺され、俺も瀕死の重傷を負った。いつかあいつには復讐をしてやらねえとと思っていたんだが、さっぱり消息がつかめなかった。まさかリーブスにいたとはな。」
 次元は今までに無く静かで恐ろしげな声で言った。
「・・・・・どうしようと思っているの?」
「この手で殺してやりてえ。」
 ぞくっとするくらいに恐ろしい声でつぶやいた。は初めて次元を恐ろしいと思った。が、も言わなければならない事があった。
「あの男が、ステファニーを殺したんだわ。私も、あの男は殺したい。・・・・・もし、あなたより先に私にチャンスがあれば、私が殺しても良いかしら。」
 次元は驚いたような顔でを見つめた。ポケットからタバコを出してくわえ、ふとまたそれを箱に戻した。
「いや、だめだ。」
 じっとを見る。
「どうして?」
「あいつは俺の獲物だし、第一お前の手に負える相手じゃねえ。それにな、アヴェ・マリアを唄うDIVAが、人殺しなんかするもんじゃねえよ。俺がやりゃあ十分だ。」
 は次元を見た。手を上げて、彼の帽子を取った。
「何すんだよ。」
 次元は慌ててそれを奪い返す。
「・・・・・どんな顔してそういう事いってるのかしら、と思って。」
「なんだよ、こういう顔だよ。」
 次元は戸惑ったように言う。のまなざしはあいかわらずまっすぐだった。
「やっぱり、あなたは優しいのね。おかしな人。」
 表情をやわらかくして言った。次元はから奪い取った帽子を頭にのせようとしたが、ふとベッドに置いた。
「お前ぇこそ変な女だ。なんだって世界のDIVAが、俺みたいな泥棒に惚れるのか、自分で不思議に思わねえのか?」
 次元の言い草には目を丸くして肩をすくめる。
 なんて人だろう。自分の手の内は明かさないくせに。
「・・・・・当然、思ってるわ。」
 次元はの髪にそっと触れて、ゆっくりその唇に口付けた。は昼間よりもだいぶ落ち着いてそれを受け入れる。甘いタバコの香りのしみついた舌が優しくからみつく。
 どうしてだろう。まるで、昔からの恋人のようだった。こんなにも、何を考えているか分からない不思議な男なのに、その体温に触れて安心している自分に、は少し驚く。
 唇を重ねたまま、次元はをベッドに横たわらせた。バスローブをはぎとり、その素肌に触れ愛撫し、抱きしめた。ベッドに置いた帽子が床に落ちる。
「・・・・・次元・・・・。」
「何だ?」
「ネクタイピンやベルトが冷たいわ。」
 くすっと笑う。
「脱げって事か?」
「そうは言ってないけど。服を着たままが好みなら、別に良いのよ。」
「口の減らない女だな。」
 次元はもどかしげにスーツを脱ぎ捨て再度を抱きしめた。次元の力強い肌のぬくもりを、は目を閉じて感じた。何箇所にも傷跡のあるその身体。彼の事は何も知らないけれどどうやって生きてきたのか、簡単に想像がつく。目の前にある肩の傷跡にそっと触れ、くちづけた。のその行為に触発されたように次元はの身体を、唇と手で愛撫しはじめる。彼のやり方は見た目の印象よりも、だいぶ優しく丁寧だった。は自分の身体が熱くなるのを感じる。小鳥のような声がもれた。何度めかのくちづけをかわす。
「・・・・・歌わねえのか?」
 次元は熱い目をしながらもからかうように言う。
「・・・・・・こういうときに声を出すのは、ちょっと苦手なの。」
 は恥ずかしそうに小声で言った。
「DIVAのくせにか?」
 次元は髪に顔をうずめるようにして、の首筋に舌をはわせた。
「そういう事もあるわ・・・・・・・。」
 彼はの身体の感触を楽しむように、丁寧に触れていった。時に彼女の反応をみながら、抑揚をつけて。溶けていってしまいそうだと、は思った。そしてステファニーの部屋で彼に会った時、大事そうにリボルバーの銃を扱っていたことを思い出した。きっとこんな風に丁寧に大事に、あの銃も扱っているのだろう。
「・・・・次元・・・・。」
「なんだ・・・・?」
「・・・・・・ばかね、名前を・・・呼んでみたかっただけよ。」
 は潤んだ目で次元を見上げた。
「・・・・・・・・・・・」
 次元は耳元に口付けながら彼女の名前をささやいた。脚の付け根に、指を滑らせる。
「あっ・・・・」
 は思わず声をもらし、彼の首に廻した手に力が入る。
「歌いたくなってきたか・・・・?」
「・・・・・・ばか・・・・。」
 切なそうなまなざしで次元を見た。
「苦手なのって・・・・言ったじゃない。だから・・・・・キスをしていてくれない?声が出ないように・・・・。」
「・・・・・俺はあんたの歌が聞きてぇんだがな・・・・・。」
 言いながらも次元はそっと唇で彼女のそれをふさいで、愛撫を続けた。くぐもった声がもれる。
「はあっ・・・・。」
 次元がたまらず息をついた。の脚の間に腰を入り込ませる。
・・・。」
「・・・・なあに?」
 次元はくっと笑った。
「・・・・名前を呼んでみたくなっただけさ。」
 言って、その腰をゆっくり落としていった。
「あっ・・・・あ・・・。」
 は自分の中に、彼が入り込んでくるのを感じた。奥まで、深く。自分が、自分でなくなっていくような感覚が襲ってきた。次元の首にぎゅうっとしがみつく。
「・・・・どうした・・・?」
「・・・・・怖いわ・・・・・。」
「怖い?」
 次元は驚いたように返す。はしがみつきながらうなずく。
「なんだか・・・・・変・・・。私・・・・・おかしいわ・・・・。」
 は自分の顔がかあっと熱くなるのを感じた。次元はふっと顔を緩ませ、その髪をなでた。
「怖いこたあねえだろうが・・・・・。」
ゆっくりと腰を動かす。は彼が動くたびに、まるで激流に流されていくような感覚を覚えた。自分で自分がまったく思い通りにならない感じ。
「ねえ、次元・・・・・」
「んん?なんだ?」
「・・・・・つかまっていてもいい?あ・・・自分が・・・・どこかへ行ってしまいそうで、怖いのよ・・・・。」
次元の首にしがみつく腕に力を入れる。
次元は何も言わずに、その小さな頭を抱きしめながら彼女の中に深く体を沈めた。
「・・・・・・訂正しねえとな・・・・・」
次元は声を絞り出した。
「なに・・・・?」
は切なそうな顔を少しあげて次元を見た。
「・・・・・お前ぇ、結構かわいいトコあるじゃねえか・・。」
髪をなでた。はカアッと赤くなる。
「・・・・・ばか!からかわないで・・・・・。」
からみつかせていた手をゆるめて次元の髭をひっぱった。次元はひっぱられるままにまたに口づけた。体の動きが早まる。口づけながらもの声がもれる。
「・・・・・あっ・・・・・次元・・・・ダメよ・・・・。」
肩にそえていた手にぎゅうっと力が入る。小鳥がさえずるような声が激しくなる。
「何が・・・・ダメなんだ・・・?」
は何も言わず、頭をぎゅっと次元の胸に押しつける。どうしたら良いか、わからない程だった。はセックスは嫌いではないけれど、夢中になる方ではなかった。こんな風にどこかへ連れて行かれそうなくらいの感覚は初めてだった。まるで何の術も持たない、弱い子供に戻ったようなそんな気がした。為す術もない彼女に、彼の動きは徐々に快楽の波を高めてゆく。声を押し殺す努力もむなしく、甘い声をもらしながら次元に強くしがみついたまま、高みに押しやられる。
「ん・・・・・っ!次元・・・・・・」
肩につかまる手に更に力がこめられ、体を反らせては声をもらす。その直後に次元も熱い息を吐きながらの体に強く腰を押しつけ、震えながらその上に覆い被さる形で体を横たえた。は彼の体にからめている手をほどきかけて、少し間をおいてその手で彼の髪にふれ、自分がされたようにその髪をゆっくりなでていった。24時間とすこし前。自分がならず者の泥棒に抱かれる事になるなんて思いもしなかった。そして今まで思ったどんな男よりも、その男を愛しく思うようになるなんて。自分に、こんな風に熱く他人を思う気持ちがあった事が意外なくらいだった。胸の奥がぎゅっと熱くなる。
の手をそっと握って、次元は体を起こす。彼女の隣に体を横たえながら、をじっと見る。
「・・・・・・どうして泣いてるんだ?」
心配そうに尋ねてきた。言われて、は自分の目から涙がこぼれている事に気付いた。
「あ・・・本当・・・・・。」
白く細い指でそっと涙に触れた。
「・・・・・大丈夫。とても・・・・・よかったからだと思うわ・・・。」
目を閉じて大きく深呼吸をした。目を閉じていると、次元の腕が自分の頭を包み、涙のつたった跡に彼の唇が触れるのを感じた。
ゆっくり目を開けてくすっと笑った。そっと自分の鼻のあたりをくすぐる次元の髭をなでた。
「あなたの髭、見た目よりも柔らかいのね?」
「そうか?自分じゃわからねえな。」
ちょっと照れた風に答える。の頭を抱えていた腕をほどき、仰向けに横たわる彼女の方をむいて体を落ち着けた。手慰みのようにの髪や頬に触れる。
「・・・・・・お前ぇ、浮いた話は多いが今は相手はいねえのか?」
次元の突然の質問を意外に感じながら、は答える。
「いないわ。年がら年中恋人がいるわけじゃないのよ。」
「・・・・・・いつもなんで男と別れるんだ?男は・・・・その・・・・お前ぇを離したがらねえだろう?」
次元は決まり悪そうに言う。
「なんだかあなたらしくない質問ね?」
はくすっと笑う。
「・・・・・・あなたも言ったじゃない。私をかわいくないって。みんな、そう言うわ。分かるでしょう?私はきまじめだし、自分にも他人にも厳しいの。私とつきあう男の人はたいてい、そういうところに付いて来れなくなるのよ。だから、ちょっと私の見た目がいいからって側に来る人はすぐに離れて行くわ。それに、私自身・・・・・自分で自分を思う以上に興味を持って他人と関係するくらいになかなか成熟していないところが、あるのだと思う・・・・。」
次元はの髪に触れ続ける。
「ふうん・・・・・。下らねえ男ばかりなんだな、世間は。」
「かもしれないわね。」
次元はの髪をたぐってゆき、その唇に口づけた。優しい舌の動きに、さっきまでの高まりがよみがえる。次元もおそらく同じ思いなのだろう。体を寄せて抱きしめてきた。はそれを拒まない。まだまだ、彼を知りたいと思ったから。

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