DIVA(6)



日中、ルパンはPCでリーブスに関する情報収集を行い、次元と五右衛門は買い出しに出かけていた。
はソファでくつろぎながら、考え事をする。
ステファニーが大事にしていたもの。預かり物。確かにステファニーはいろんな流れ者や追っ手のかかっている者から預かり物をし、目的の人に渡したり、そんな事をよくやっていた。彼女に関わった人は多い。そういえば、確か彼女はメモをつけてたはず。貸した物、借りた物、預かった物、返した物、もらった物、あげた物・・・・・。その記録を見たら何かわかるのではないだろうか。
そう考えたら、一刻も早くステファニーの部屋に行きたくなった。そして何よりステファニーの葬儀がどうなっているのか、心配だった。
は立ち上がってルパンのいる部屋を見た。仕事に集中しているようだった。声をかけようか迷う。一人で行くと言ったら、止められるだろうか。でも、一刻も早く確認したかった。ステファニーが死に至る原因となったものを。
は悪いと思いながらも次元の部屋に行って帽子とサングラスを拝借して、アジトを走り出る。地下鉄とバスを乗り継いでステファニーのアパートまで来た。周りを確認して部屋の前に行く。警察のテープが貼ってあったが、気にせずに合い鍵で開けて入る。
家具やなんかはそのままだったが、中の空気はまったく違っていた。血痕もまだそのままだ。涙がこみあげそうになるのを我慢して、ステファニーのキルトのセットのコーナーを探る。このあたりにステファニーはノートを沢山置いてあったはず。キルトの図案など。引き出しを開けると、案の定、ノート類がまったくなくなっていた。予測はしていたが失望した。
はため息をついて大きなキルトのカバーがかかったベッドに腰掛けた。
「ステファニー・・・・・あなたはなぜ死んだの・・・・?」
そのとき、ゆらりと何かが動いたような気がした。
ははっと顔を上げる。
「その答は簡単だ。ファイルの在処を我々に教えなかったからだ。」
低くしわがれた声がした。声の方に視線をやると、銀色の髪の男が立っていた。
・クリスだな。何処へ行ったかと探したが、やっと見つけたよ。」
は立ち上がって男をみた。これがステファニーを殺した男。すぐに分かった。
「あのばばあは結局吐かずに死んだ。が、お前は知っているはずだ。ファイルがどこにあるのかをな。」
男はゆっくり近づいてきた。恐ろしく冷ややかな声だった。髪も銀色なら、瞳も銀色でその凍りつくような雰囲気は一瞬にして周りの空気を冷やす。
「一緒に来てもらおう。」
うっすらと笑いながらに銃口を向ける。
「いやよ。」
は静かに言う。
「おやおや、DIVAは怖い物知らずなのかな。そうか、まだ殺さないというのが分かるからな。」
男は銃をホルスターにしまい、両手を構えた。
「道具は銃だけではないからな。この肉体で人を殺すこともできるのだよ。」
手刀をの胸にうち下ろそうとする。は体を反らしてそれをよけた。男は驚いた顔をする。
「おや、意外に身のこなしが早いようだな、DIVA。しかしどうやっても逃げられないさ。」
男はじりじりとを壁に追いつめた。そのとき銃声とドアを蹴破る音がした。目の前に現れたのは次元だった。男に銃口を向けていた。
「女から離れろ。」
静かに言う。
男が次元の方を振り向く。一瞬二人の表情が凍り付いたのをは見逃さなかった。
「・・・・・・てめえ、コヨーテ・・・!」
「次元・・・・・。」
男の顔から薄ら笑いが消えた。
「元気そうじゃないか。このDIVAは知り合いか?」
「今はてめえと世間話してる暇はないんでな!」
次元は男に銃を構えたまま走ってを抱えたと思ったらそのまま窓にダイブした。
「きゃあ!」
次元に抱えられながらとはいえ、硝子窓へのそのままのダイブはには衝撃的だった。飛び出した窓の外には縄ばしご。次元は片手でを抱え、片手で銃を持ちながら梯子につかまるという芸当をやってのけた。そしてその縄ばしごは上空のヘリから投げ落とされていて、あっというまに上昇してゆく。
ステファニーの部屋の窓から慌てて顔を出してヘリに向けて銃を発砲する、さっきの男が見えた。
「・・・・・・・・・」
はおそるおそる下を見ながら、自力で梯子につかまる。そして下を見るよりもっとおそるおそる次元の顔を見上げた。案の定帽子の下の顔には怒りが浮かんでいた。
「お前ぇはバカか!のこのこあんな所に行ったら、やつらに見つかるに決まってるだろうが!」
「・・・・・・・そうね、本当にごめんなさい。どうしてもステファニーの葬儀が気になったのと、あと、彼女の預かり物の記録があったのを思い出して、いてもったってもいられなくなったのよ。・・・・・・でもどうして私があそこにいるってわかったの?」
「お前が勝手に使った俺の帽子だよ。何かの時のために、発信器が付いてるんだ。」
次元は相変わらず強い語気で言う。
「お前は俺の帽子をいくつパーにしたら気がすむんだ!?」
 そういえば借りてきた帽子、ステファニーの部屋においてきたままだ。
「・・・・・・・・あの・・・・本当にごめんなさい。私・・・・・どうかしていたわ。あんな事するなんて。あなた方に、相談すればよかったわね。」
 は本当に気落ちしてうつむく。
「まったくだ。救出に来る手間に俺の帽子!飯くらいじゃすまねえ!」
はふっと顔を上げる。
「じゃあ、食後のデザートとお酒もつける?」
「そんなもんですむわけねえだろうが!お前ぇの身体を要求してもまだ足りねえよ!」
 次元は怒鳴り続ける。なのにはついぷっと吹き出してしまう。
「何がおかしい。」
「だって、意外にありがちで陳腐な要求だと思って。」
 くすくす笑う。
「ごめんなさいね、笑うところじゃないわね。」
 でもおかしくてしかたないようにくっくっと笑う。
「・・・・・・つくづく嫌な女だぜ、お前ぇはよ!」

 二人がヘリに引き上げられてアジトに戻った後、4人は追っ手に気をつけながらアジトを移動した。今日の出来事で、今までのアジトがリーブスに知れた可能性があるからだ。
 移動したアジトで早速次元はスコッチを一杯やる。
 そしてに説教するのは次元だけではなかった。
殿!何度も言うが、危険な行動はやめていただきたい。一体どれだけ心配したことか!あなたの行動で、我々もこのようにアジトを移動しなければならないはめになった。心していただきたい!」
 珍しく五右衛門が激しくにまくしたてた。にしたら、次元に言われるよりも驚いて応えた。
「まあまあ、五右衛門よ。もうすでに次元にしこたま嫌味言われてるんだし、そう怒らなくても。」
殿の身を、みなでどれだけ心配しているか、きちんと考えて行動してくれ。」
 ふうっと息をついて言った。は彼を見る。本当に優しくまっすぐな人なのだな、と思う。年齢は多分よりも少し上なのだろうが、少年のきまじめさに似てるなと、感じた。
「・・・・・・五右衛門さん。私はもともと自分勝手なところがあるけれど、今回のことは本当に反省しているわ。もうこういう事はしない。でも、心配してくれてそして助けてくれて、本当にありがとう。嬉しいわ。」
 も彼の目を見て言った。まっすぐなのまなざしは、五右衛門には刺激が強いようだった。つい顔を赤くしてうつむいてしまう。
「あ、いや、俺も言い過ぎたかもしれぬ。」
 ごほんごほんと咳払いをする。
「・・・・・・その・・・・礼として要求するのも何なのだが・・・・その・・・・殿、歌を・・・・歌ってもらえまいか・・・・?」
 照れくさそうに言う。
 ルパンがぷっと吹き出す。
「そーいや、五右衛門はのファンだったなあ!」
「いや、そういう訳ではない!ただ、その、歌が聞きたいだけだ!」
 ルパンに対してムキになって言う。次元はにやにやしながらスコッチをかたむけていた。今日、大変な目にあったというのに、なんかんだいって余裕のあるこの三人を、は頼もしく眺める。
「・・・・・ここはこんな時間に唄っても大丈夫かしら。私、結構声量あるのだけど。」
 は言う。
「ああ大丈夫大丈夫。ここは壁も丈夫なつくりにしてあるから。」
 ルパンは機嫌よさげに言う。彼はとても情緒が安定している。本当に大きな人だと、は感じた。
「・・・・・・あなた方の趣味に合うかどうかはわからないけど、歌わせてもらうわ。お世話になったから、一人に一曲ずつささげさせてもらいます。」
 はかしこまって立ち上がって靴をぬいで深呼吸をする。
 次元も思わずグラスを置いて背筋を伸ばした。
 まず、五右衛門に歌をささげた。「おぼろ月夜」を唄う。日本の景色が思い出される歌だ。五右衛門は瞳を潤ませて聞き入っていた。は慈愛を込めて歌った。そして、ルパンに。彼にはビゼー「カルメン」のハバネラを。小悪魔のようにキュートにセクシーに男を翻弄する歌を、ルパンにささげた。ルパンはとろりとした表情で耳を傾ける。そして次元には「アヴェ・マリア」を。スタンダードよりも官能的に。厳かな歌詞、バッハのシンプルな旋律にその官能的な歌い廻しと彼女の表情は表情は、男たちをぞくりとさせた。
 唄い終えた時、3人の男は言葉もなかった。
「・・・・・・こんなにすごいものとは思ってもいなかったよ。」
 ルパンが歌声に酔ったかのように言う。五右衛門は言葉も出ず、涙ぐまんばかりだった。
「ルパンさん・・・・・・気に入ってくれたなら、私も嬉しいわ。なんだか久しぶりに唄った気がする。一日声を出していないだけなのに。」
 唄い終えて思いがけず落ち着いたはふううっとため息をつく。
どの、あなたの歌で、まるで美しい景色が見えるようだった。」
 五右衛門は遠くを見るようにつぶやいた。
「本当?そんな風に言ってもらえると、私もとても嬉しいわ。」
 その五右衛門の感想を、本当に嬉しそうには受け止めた。
 の歌でほろ酔い加減になったあとはめいめいの部屋に引き上げる。翌日からは忙しくなりそうなので、英気を養うために。

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