DIVA(5)



さすがには驚き、反射的に身を縮める。
「ル、ルパン!」
刀の持ち主があわてて顔を赤らめていると、ぽんっと刀を彼に返しルパンはの体を抱えて部屋を出た。
「ちょ、ちょっと、何をするの!」
は叫ぶが、素っ裸では何もできない。あっという間に連れて行かれた所は浴室だった。湯気のたっぷり漂うバスタブに放り込まれた。あっけにとられて水面から顔を出すに、ルパンはいたずらっぽくくっくっと笑う。
「もうちっと落ち着きな。30分もしたらバスローブでも置いといてやるよ。それまでは頭を冷やした?り、あっためた?り、しときなさい。よかったら、俺も裸で一緒に入って背中なんか流してやってもいいんだけど、ど?お??」
はそんなルパンの顔を見て、ふっと息をつく。どうもこの男にはかなわない。
「・・・・・・わかったわ。一緒に入ってくれなくてもいいけど、ミネラルウォーターだけ持ってきてくれないかしら。」
ルパンの差し入れてくれたヴォルヴィックを飲みながら、は黙って湯船につかった。ルパンの言った30分はゆうに越えていたが、もともと彼女は長風呂だ。確かに風呂につかると、少し落ち着く気がした。
ルパンという男にはまいった。彼女はアルバムの写真を撮るときなど、その裸身に近い体をさらす事も多々ある。自分は人に裸を見られる事など、なんともないと思っていたのに、あんな風に不意を付かれると、普通の女のように振る舞ってしまった。そんな事が妙に悔しかった。
しかし、これからどうしたら良いのだろう。確かに、やみくもにステファニーを殺した相手を捜そうとしても、自分が返り討ちに合うのが落ちだろう。そしてそんな風に自分が死ぬのは、ステファニーも望まないだろう。バスタブの中から、シルバーのネックレスをもてあそんだ。ジョージ・ジェンセンのイヤーペンダントだ。あの町を出る時に、ステファニーから受け取ったもの。正確には、父親がが生まれた歳に買っての15の誕生日にと、用意していたもの。なぜ、こう自分の大切な者が奪われてゆくのだろう。
残りのミネラルウォーターを飲み干して、はバスタブから上がって水を頭からかぶった。長い手足に、細身ながらグラマラスなプロポーション。新世紀の女神と言われているその見事な肢体に、水が流れ落ちていった。
冷たい水をかぶって、だいぶすっきりした気がする。また大きく息をついて、シャワーをとめた。
「ステファニー・・・・・・。私を守って・・・・・。」
つぶやいて、まず何よりイヤーペンダントを身につけた。と、ばんっと音がして浴室の戸が開けられる。驚いて見ると、そこには次元が立っていた。は一瞬声を出しかけるが、さっきの事を教訓にしてくっとそれを飲み込んだ。
「・・・・・なあに?」
言って、バスタオルで髪を拭く。
「・・・・・・一体何時間風呂に入ってるんだ。ぶっ倒れてるかと思ったぜ。」
次元の表情は帽子で読みとれない。が、彼女の調子に合わせるように、あわてて出ていくわけでもなく、落ち着いてくるりときびすを返してドアを閉めようとした。
「待って、バスローブを取ってくれる?」
次元は外からバスローブを放り、黙って出ていった。はそれを体にまとって、ふうっと息をつく。まったく、食えない男たちだ。
は軽く髪を乾かして、バスローブのまま部屋に戻る。男達がソファでくつろいでいた。
次元はついっと気まずそうに顔をそむける。彼なりに、気にはしているのだろう。そんな態度を見ると、なぜかはほっとした。まあさっきの件は引き分けといったところか。
「よう、ちょっとは落ち着いたかい?」
ルパンはミネラルウォーターのボトルを投げてよこした。はそれを受け取って隣に座る。そこに座れと言わんばかりに空けてあったから。
「・・・・・ええ、まあね。第一、こんな格好じゃ出ていけないし。」
「君に、ナニでもしてやろうってのはまあ冗談だけど、いや、あわよくばって事も考えてないわけじゃもちろんないんだけど、君をまだ帰せないってのは正直なとこだ。聞きたい事がある。」
ルパンはちょっとまじめな顔になって言った。
「クーガーが預かっていたと言われるリーブスファイル、、きみは心当たりはないか?多分奴らもそれがきみに聞きたくて、狙ってると思うんだがね。」
はため息をついて首を振る。
「全くわからないわ。そんなファイル、大体ステファニーだって必要なものではないだろうし、なぜ殺されるような事になったのかしら。」
「それが俺も驚いたとこさ。」
次元が口を開く。
「・・・・・・・実はクーガー女史には昔借りがあるんだ。一度敵に追われながらあの町に逃げ込んだ事がある。もうだめかっていう時に、彼女が何も言わずに一晩かくまってくれたのさ。今回リーブスファイルを追う事になって、そこに彼女がからんでいる事を聞いて驚いた。間違いなくヤバイ奴らもそれを追っているから、奴らに嗅ぎつかれる前になんとか彼女と会って話そうと思ったのさ。彼女には別に必要ないものだろうと思ったしな。だが、俺が行った時はもう殺やられていて・・・・・。さてはもうファイルは奪われた後かと思いきや、奴らの動きを見ているとどうやらそうでもないらしい。女史のあの撃たれ方、多分ファイルの在処を吐かずに死んだのだろう。ファイルを渡して口封じに殺されたのならまだ分かるんんだが・・・・・。」
次元は悔しそうに言う。は驚いて彼を見た。
「・・・・・そうね、ステファニーはそういう事をよくする人だったわ。私はその人が良い者か悪い者か、すぐにわかるのよ、といって。だから彼女を慕う人は多かったのだけど。預かり物といっても、確かに彼女は死んだ人の残された家族に、頼まれた物を渡したりそういう事を時々していたわ。でも、そんな物騒なものの話は聞いたことないし・・・・・。」
「大事な物をどこかにしまっているとか、貸金庫を借りているとか、そんな話はねえかな。」
「貸金庫の話は聞いたことないし。大事な物って言ってもいろいろあるし、今言われてもわからないわ。・・・・・・・とりあえず、何か着る物を貸してもらえないかしら。」
次元が肩をすくめてため息をつく。
「来な。」

次元はを自分の部屋に通してボタンダウンシャツとスラックスを渡した。
「女物の下着なんかねえけどな。」
「かまわないわ。」
は背中を向けてバスローブを脱ぎ捨てシャツを着はじめた。次元は少し驚くが彼もちょいと背中を向け、部屋を出ていく事はしなかった。まるで出て行けば負けだというように。
「あなたの相棒はひどいのね。あのレザーパンツはオーダーで作って高かったのよ。」
「そうか、悪かったな。今回の仕事が終わったら弁償させるさ。・・・・・あんたはいつも平気で人前で脱ぐのか?」
はスラックスも身につけて、次元のベッドに腰掛け裾を折り返しながら次元を見た。
「平気っていう訳じゃないけど、裸くらいでいちいち大騒ぎしないように心がけているわ。撮影や舞台では裸に近いような衣装を使う事もあるし、いちいち恥ずかしがっていたら集中できないから。」
「あんたはクラシック歌手だろう?そんな格好をしたりする必要があるのか?」
次元は意外そうに尋ねた。
「・・・・・よく言われるわ。歌を歌って、声で勝負していればいいんじゃないかって。でも私は歌劇の歌を歌う事が多いから、やはり全身で表現したいのよ。その歌、その曲、その歌詞の表現には素っ裸が一番ふさわしいと判断したら、そうするわ。」
「ふ?ん、そういうもんかね。」
「ところで次元、あなたは、女性と食事をするのは本当に嫌いなの?」
「はあ?」
「言ったじゃない。初めて会った時に。」
「・・・・・ああ。」
思い出したようにくっと笑う。
「あの時は本当に急いでたしな。あんたを、ちょっとからかってみたくなったのさ。」
「からかう?」
はよくわからない、というように次元をまっすぐ見た。
「・・・・・・いや、あっさり誘いを断ったらどんな顔するのか、と思ってな。」
のまっすぐな目に少し戸惑いながら次元は言う。
「ふうん、意地悪なのね。」
はしばらく次元を見てさらりと言った。スラックスの裾を曲げ終わったら、今度はシャツの袖をまくりはじめる。長身の彼女だが、やはり若干長いようだ。
「そういうのは意地悪とは言わねえよ。かけひきの一つさ。」
「私はかけひきなんて、分からないわ。気になる人、好きだと思う人とは食事をしたり話しをしたり、ふれあったりする。そうでない人とは、しない。それだけよ。」
立ち上がってドアに向かって歩きながら言う。
「へっ、じゃあ、俺が気になったから飯に誘ったとでものかい?」
次元は部屋を出ようとするの前に立って尋ねる。からかうような、真剣なような、どっちともとれない表情だった。
「そうよ。」
は表情ひとつ変えずに当然のように言った。次元は面食らった表情になって続けた。
「世界の・クリスが会ったばかりのならず者を誘うのか?」
「気になってどんな人か知りたくなったら、常識の範囲内で誰だって誘うわ。いけないかしら。他人とのコミュニケーションの最低限の努力と思っているのだけど。」
も続けた。次元が妙にムキになっているように感じる。どうしてか、わからない。の言っている事が気に障るのか?でも彼女にしたら、本当にそう思っているのだからしかたがない。相手にあわせて取り繕う事などする性質ではないし。
「でも、私のやり方に無理につきあわせる気はないから、安心して。」
は言って次元の横をすり抜けようとした。
「待てよ。」
次元はの腕をつかんで引き寄せた。が次元の帽子を打ち抜いたのと同じくらい迷わずに、に口づける。次元の周りでいつもほんのり漂っていた特徴的な少し甘めの煙草の香りが、の口の中に広がった。彼の舌がからめられて来ると、その香りは一層強くなる。いつのまにか、の体は次元に抱きしめられていた。下着を付けていない体が、彼の胸板に押しつけられるのを感じる。
「・・・・お前ぇはどうやら、かわいくねえ女みてえだな。」
長い口づけの後、次元はふっと息を吐いてつぶやいた。
は次元の腕の中で目を丸くしながらも、くすっと笑った。
「可愛いなんて言われていたのは、ローティーンまでよ。あなたこそおかしな人ね?私に興味があるんだかないんだか。食事はしたくないけど、キスはしたいの?」
次元はムッとした表情で見下ろす。
「あんたは男といるときいつもそんな風なのか?浮き名が多いから、もっと物わかりの良い艶っぽい女かと思ったがな。」
「私のそんな話、よく知っているわね?」
は意外そうに言い、次元はしまったというような顔をする。
「・・・・・・・・たまたま雑誌で見ただけさ。」
はまたくすっと笑った。
「そう、期待と違ってごめんなさいね。私、実はあまり恋が上手な方ではないのよ。」
言って、次元の唇に指でそっと触れて微笑んだ。するりと次元の腕から抜け出そうとするを、次元はまだ離さずに再度口づける。背中に回っていた手が、少しずつ腰や胸に触れるのを感じた。下着をつけていないシャツ一枚の上からではまるでそのまま直に触れられているようで、も少し慌ててしまう。こんな風にされるのは慣れてはいないものの、嫌ではなかった。が、彼の真意が測りかねる。一体どういうつもりでこういう行動に出ているのだろう。戸惑っているが抵抗しないでいると、次元の指は胸元のボタンに触れ、いくつか外しにかかる。それは制止しようかとが迷っていると、次元はもどかしげに全部外す前に胸元に手を差し込もうとしてきた。その時、彼の手がの首のペンダントにかかりチェーンが切れて音をたててトップごと床に落ちていった。
「あっ」
は今度は本当に次元の手をふりはらい、それを追った。切れたチェーンとトップをあわてて手に取る。次元は少し驚きながら、と一緒に床にかがむ。
「・・・・・・・すまない、切れちまったか?」
思いがけず真剣な表情のに戸惑ったように、彼女の様子を伺う。
「・・・・・・多分、あなたの相棒が刀をふるった時に少し傷が入ってたのかも・・・・。大丈夫、トップは無事だわ。」
ほっとしたようなの表情を見て、次元も安心したようだった。
「古いシルバーだな。大事なものなのか?」
「ええ。父とステファニーの思い出のものよ。」
次元が差し出した手に、はそれをそっと乗せた。次元はじっとそのチェーンを点検する。
「多分俺が持ってる道具で直せるだろう。銃の手入れをするときに直してやるよ。預かっていてもいいか?」
「本当?嬉しいわ。大事に持っていてね。」
思いがけない申し出には本当に嬉しい気持ちになり、感謝の言葉を述べた。
「ああ、わかった。」
次元はそれを大事そうに背広の内ポケットにしまった。
「・・・・・自分でやっといてこう言うのも何だが、あんた、シャツのボタンを留めてくんねえか?丸見えなんだが。」
気まずそうに言う。
「・・・・あら。」
ははっと気付いてシャツのボタンを留める。確かにお互いかがんだこの格好では丸見えだっただろう。
「こういうのはちょっと恥ずかしいわね。」
つい顔を赤らめる。
「でも、次元、あなた・・・・・優しいのね?」
立ち上がりながら言う。
「はあ?・・・・・・俺は優しくなんかねえよ。」
次元は慌てて帽子をぐっとかぶりなおしながら言った。
二人、部屋を出て歩きながら。
「俺はそんなに甘くねえ。さっきだって、あんなトラブルがなかったら、あんたを犯してたとこさ。泥棒のアジトにいるんだぜ?それくらい覚悟しときな。」
またやけにムキになっているように感じた。はつい笑ってしまう。
「ごめんなさい。優しいなんて、気に障ったかしら。別にあなたを甘く見ているわけじゃないのよ。」
「けっ。嫌な女だ。」
「まあ。」

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