DIVA(4)



まだ薄暗い明け方にはその部屋のソファに足を投げ出して、朝の光が差し込むのを一人でまんじりともせずにずっと待っていた。誰も何も言わなかったが、は結局その彼らの住まいに朝までいることになった。男達は各自の寝室に行っている。は自分の身の回りの事は、不思議に気にならなかった。気になるのはステファニーの事。あの亡骸を、置いてきてしまった。
あの町は昔とは違うけれど、今でも彼女を慕う者は多い。一刻も早く戻って、皆で手厚く葬らなければ。
彼女の作りかけのキルト。紅茶にマフィン。思い出して、涙が止まらなかった。ステファニーの事が頭から離れない。
もし、昨日ちょっと自分が夜の食事にでも誘えば。また、もっと前にセキュリティの良い家に引っ越させていれば。どれも考えても仕方のない事だと分かっていながら、いろんな事が頭を巡る。
ステファニーは何カ所か撃たれていた。おそらく一発で殺されたのではなく、きっと苦しんで死んだに違いない。自分が電話をしていたころ、彼女は生きていたのだろうか?やりきれないくらい、切なく、悔しい思いで胸がいっぱいだった。
夜がこうやって明けるように、自分にとっても世界が明るくなる日は来るのだろうか。ステファニーはもういないのに。
泣きはらした顔を洗おうと、ソファから身を起こすとドアの開く音がした。びくりとしてそちらを見る。次元だった。
「・・・・・・早いのね。」
あまり顔を見られたくなくて、うつむいたまま小さな声で言った。
「まあな。・・・・・・寝てねえのか?」
次元は冷蔵庫からミネラルウォーターを取っての隣に腰掛けた。
コップに水をそそいで、一つをに差し出した。
何も言わずはそれを一口飲む。意外なくらいに、水が美味しかった。こんなにも水が美味しいと感じるのは久しぶりだった。
「眠れないわ。」
言って、残りを飲み干した。
「・・・・・・・そういえば私あなたには二度助けてもらったのに、一度しかお礼を言ってなかったわね。ステファニーの家から助け出してくれて、ありがとう。それと、帽子と銃、ごめんなさいね。どちらも大事なものなんでしょう?せめて銃には、あまり傷がついてないと良いのだけれど。」
は大きな息をついたあと言った。
次元は驚いた顔で彼女を見る。
「自分では冷静なつもりなんだけど、あの時、絶対にあなたがステファニーを殺したのだと、思ってしまったの・・・・・ごめんなさいね。」
は再度謝罪した。
「・・・・・・ま、あの場面じゃ無理もねえだろう。しかしあんた、銃の扱いなんかずいぶん慣れた風だったな。油断していたとはいえ、俺が銃を奪われるとは・・・・。」
次元は照れたようにそっぽを向きながら、に問う。
「言ったでしょう、あそこで育ったのだって。子供の頃から、父に銃の扱いやちょっとした戦い方なんか、習っていたのよ。人に向かって撃ったのは初めてだったわ。」
「そうか。ま、あれが最初で最後になると良いんだがな。」
はコップを握りしめたままうつむく。気持ちを落ち着けようとしても、どうしても涙が出てしまう。他人の前で泣くのは全く好きではない。今までの人生、他人の前で泣いたのは父が死んだ時だけだった。
「そうなんだけど・・・・・。なんだか情けないわ・・・・。ステファニーがあんな目に合わされたっていうのに、私・・・・・・自分が何ができるのか、どうしたら良いのか、わからない・・・。あなたに、言っても仕方がない事なんだけど・・・・。」
次元は彼女の手からコップをとりあげてテーブルに置いた。
「あんたが今するべき事はな、まずは眠る事さ。」
言って子供にするようにの頭を小突く。向かいのソファに移動した。
「寝て起きてから、どうするのか考えたら良い。それに寝不足は美容にも良くねえんだろ。」
コップに水を注いで彼もそれを飲んだ。
「横になれよ。別に何もしやしねえ。」
は言われるがまままたソファに横になった。この男はなぜこんな時間にこの部屋に来たのだろう。もしかしたらが寝ているか気にしたのだろうか。そんな事を考えながら、カーテンの向こうのうすぼんやりした光を見る。それはなぜだかを落ち着かせた。そして、次元がそこにいるという事。それも意外な事に、不思議なくらい彼女の気持ちを落ち着かせた。いつのまにかは深い眠りについていた。

気が付くと、窓からの太陽の光はだいぶ強くなっていた。ははっと体を起こす。テーブルでは3人の男がすでに食事を取っていた。一瞬ここがどこか分からず、混乱してしまう。派手なアクションで飛び起きたため、驚いて振り返る3人と顔を合わせてしまう。急に恥ずかしくなる。
「よお、気分はどうだい?」
ルパンが相変わらずの気軽な口調で言う。そんな口調はなんだか彼女をほっとさせた。
「良くはないけど、悪くもないわ。あの、ありがとう一晩すごさせてもらってしまって。」
「いいって事よ。飯でも食いな。」
はテーブルに座る前に顔を洗いに行った。少し寝たせいか、泣きはらした顔は思ったほどひどくはなかった。そういえば夕べは入浴の後にあわててステファニーのところに行ったので、まったく化粧をしていなかったのだ。
仕事柄、化粧をする日がほとんどで、化粧をしていない自分を久しぶりに見た気がする。化粧などしなくても自分は十分に美しいと、は自分でよく知ってはいたが、そんな自分はまるであの町を出てきた少女の頃を思い出させ、少し気恥ずかしい思いだった。
簡単な朝食の用意されたテーブルに座る。トーストをかじりながら、暖かいミルクを飲んだ。そういえばいつのまにかお腹も空いている。人間、何があっても眠くなるしお腹も空くもんなんだな、と妙なところに感心する。
ふと、向かいに座るルパンと目が合った。
「・・・・なあに?」
じっと彼女に視線をやる彼に、素朴に尋ねる。
「いやなに、実物はやっぱり綺麗だな?なんて思ってね。ちゃん」
にっと笑って答える。彼のシンプルな答えにちょっと驚くが、その彼の態度は極めて女慣れをした風な印象を受けた。それは決して嫌な感じではなく、かえってそういう態度というのは気楽に思えた。
、でいいわ。・・・・あなた方、いわゆる泥棒なんでしょう?そういう人たちでも、私が出るような媒体を目にする事があるの?」
嫌みではなく、単純な疑問としては尋ねる。
「そりゃ、まあねえ。山にこもってるわけじゃないだからさ。そうよ、五右衛門、おぬしはよくの事なんか知ってたな。しかもホクロの位置まで。」
ルパンはからかうように言う。五右衛門はこころなしか顔をあからめて咳払いをした。
「・・・・・殿はいくつか日本の歌を日本語で歌っておられただろう。外国でああいう歌を耳にするのは珍しいのでな。」
は今までのアルバムに何曲か日本の唱歌を入れていた。そういえば、そのせいで彼女は日本でもかなり人気があるのだった。
「ああ、私は父が日本人だから、どうしても日本の歌はいつも歌いたくなってしまうの。」
3人は意外そうに彼女を見る。
「へえ、そうだったのか。アジア系の血は入ってるのかなーと思ったけど、日本かー。」
「日本語を話すのはあまり得意ではないけど、少しならわかるのよ。」
恥ずかしそうに笑って言う。
は食事を終えて、少し部屋をうろうろして窓の外を見たりする。意を決したように次元に声をかけた。
「・・・・いろいろありがとう。私・・・・とりあえず帰るわ。近くの駅まで送ってくれるとありがたいのだけど。ここにタクシー呼ぶわけにもいかないでしょう?」
何か言おうとする五右衛門とルパンを、次元は制した。
「ま、新聞に目を通してから行きな。」
次元が手渡す新聞をは受け取る。おそらく報道されないだろうと思っていたステファニーの殺害の事件が掲載されていた。その内容はステファニー本人の死よりも、彼女が死んだアパートの前で・クリスの車が本人不在のまま発見された事の意味合いが大きく扱われていた。
「・・・・・分かったろう?これでクーガーを殺した連中は、あんたとクーガーが何らかの関わりがあるという事を嗅ぎつけた。」
次元はその後に何を続けるでもなし、をじっと見た。も新聞の内容と次元を交互に見、この記事の意味を吟味するようにうつむいた。そんな二人にルパンが声をかける。
「おい、ちょっと見てみろよ。」
TVのニュースの音量を上げた。
TVでは・クリスの自宅が何者かに襲撃され、本人が行方不明というニュースを流していた。は思いの外冷静にそのニュースを見る。そういえばモバイルを車に置いてきたままだった。マネージャーは慌てているだろう。そんな事を考えていた。
「この反応の早さだ。どうするよ?」
次元は煙草をくわえてに向かって言う。
「そうね、家が使い物にならなくなったからって、知り合いの家に転がり込むわけにはいかないわね。まあ、別荘に行くか、警察に行くか、そんなところかしら。」
彼女なりに真剣に言う。
「お前ぇはバカか!あんな奴ら相手に、警察だの別荘だのでごまかせる訳がねえだろうが!ちったあ考えろ!」
次元が怒鳴る。
「だから嫌だったんだよ!お前ぇさんをここに連れてくるなんざ!」
きょとんとするを尻目にルパンはくっくっと笑う。
「こいつはこう見えてもなかなか義理堅い男でね。なんやかんや言って、一度関わったモンは半端では放り出せない性分なんだよ。」
わかったような、わからないような気分で彼らを見る。
「・・・・・殿、心配なさらずとも、我々はあなたを必ずお守りする。安心して過ごされい。」
五右衛門が真剣な顔で言う。は驚いて彼を見た。極めてストイックなイメージのこの五右衛門という人。次元と同じく、危険なかおりは漂っているが、とても優しい人なのだろう。思いがけない出会いで、思いがけない優しい言葉は、も嬉しく感じた。でも、自分がしたい事は、男達に守られて安心して過ごす、という事でないのは確かだった。
「ありがとう・・・・・。でも、私・・・・・ステファニーを殺した相手に会いたいの。そしてなぜ、どうやって殺したのかを聞いて、この手で殺したいと、思ってる。だから、あまり大人しくはできないわ。・・・・・・あなた達に迷惑をかけてしまうかもしれないから、一人でいた方が良いと思うのよ。」
は今までの人生、どんな場面でも努めて冷静に、クールにすごしてきた。それが自分の強みの一つだったと思っている。けれど、今はどうにも抑えがきかなかった。ステファニーを殺した相手への怒りは、どんどん自分を熱くしてしまう。
五右衛門は困ったような顔をし、次元はムッとしたような顔でポケットに両手をつっこむ。勝手にしろと、言いたげだ。悪いけれど、自分のこの気持ちはどうすることもできない。
ルパンはというと、相変わらずの余裕の笑顔でを見る。
「まあまあ。でもわかってんだろ?俺達は悪党なんだぜ。新世紀の女神といわれてるを目の前にして、ただで帰すわけにはいかないんでね。」
さっと五右衛門の刀を奪い、鞘から本身を抜く。に向かって二降りほどした。銀色のきらめく刀に一瞬目を奪われていると、あっというまに見事にの服が切り裂かれ、首のシルバーのネックレスを残してそのあでやかな裸身がさらされた。

Next




-Powered by HTML DWARF-